185 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:21:55.25 ID:witfqzf7O
クラウチングスタートの態勢を取り、深く息を吸い込む少年。
その表情は笑顔だが、眼光は鋭くゴールを射貫いていた。
空砲が鳴ったと同時に、一つの矢が放たれる。

少年の名は内藤ホライゾン。高校陸上界のホープだ。
別名、『加速のブーン』。
両手を大きく広げ、脚力のみで走るそのスタイルと、口から発せられる独特の声から名付けられた二つ名。

186 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:23:51.58 ID:witfqzf7O
(`・ω・´)「どーしたぁ、内藤!!
もっと気ぃ入れろ!!」

百メートルのタイムを確認したショボンの怒声が、グラウンド中に響いた。
その声に、周囲で練習していた生徒が視線を向ける。
ショボンだって怒りたい訳ではない。
だが、内藤がこうも不調だと、期待が大きい分だけに。

(;^ω^)「ゼェッ……ハァ……。
す、すみませんお……」

肩で荒い息を吐く内藤。謝るしかない。
ショボンが怒る理由も、彼には分かっていた。

脚が重い。
身体が重い。
なにより……心が重い。

(´・ω・`)「なぁ、内藤。
君、悩みでもあるんじゃないの?」

普段の調子に戻ったショボンがまだ辛そうな内藤に声を掛ける。
内藤は首を横に振るだけだ。

(´・ω・`)「……まぁ、それならいいんだけど」

187 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:24:27.89 ID:witfqzf7O
所詮教師と生徒だ。
何かある事は明らかだが、内藤が言わない以上どうする事もできない。
ショボンはそれが悲しかった。

(´・ω・`)「大会も近いんだ。頼むよ」

内藤のタイムは決して悪くない。この学校、いや、県にも敵はいない。
だが、全国で戦うには不十分なのだ。
縋るように内藤を見るショボン。
彼がベストコンディションならば、世界だって夢じゃない。

( ^ω^)「はい、わかりましたお。
もう一本お願いします」

顔を上げ、汗を拭いた内藤は笑顔をショボンに向けた。
悩み、苛立ち、哀しみ、怒り――。
全てを押さえ込んだ哀しい笑顔を。

188 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:25:17.41 ID:witfqzf7O
部活帰りの通学路には内藤と陸上部のマネージャー、クー。
辺りは暗く、夜空には星。
内藤とクーは自転車を押しながら歩いていた。
二人に会話は無い。
クーは基本的に無口だし、内藤にしても小さい時から一緒だったクーの考えが手に取るように分かるのだ。
それでも、口に出さねば分からない事もあるわけで。

川 ゚ -゚)「悩み事があるんだろう?」

クーが唐突に口を開く。
内藤は別に、とだけ言い放ち、再び沈黙する。

川 ゚ -゚)「調子が悪いじゃないか」

――大丈夫だお。僕は本番に強いから。

川 ゚ -゚)「……あの」

クーが口籠もった。彼女にしては珍しい。
クーの言わんとした事が分かる内藤は、心中で祈る。

189 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:25:55.46 ID:witfqzf7O
言うな。
言わないでくれ。

川 ゚ -゚)「……ヘリカルちゃんは何故学校に来ない?」

内藤は弾かれたように自転車に飛び乗り、全力で走り去った。
表情は、偽りの笑顔。

川 ; -;)「ウッ……グッ……内、藤……」

後に残されたクーは涙を流す。
愛する人の拒絶。
以前にも彼女は内藤に拒絶されていた。
内藤が自分に好意を寄せているのは分かっていたが、それを上回る内藤の闇。
救ってあげたいのに、彼女はその資格を保たない。
彼女は只の『友人』なのだ。

190 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:26:50.39 ID:witfqzf7O
我が家の前に立ち、溜息を吐く。
本当は帰りたくない。
だが、帰らない訳にはいかない。
ドアに手を掛け、音を洩らさぬ様に静かに開ける。
開けた瞬間の異臭はもう慣れた。
しかし。

――妹の嬌声には慣れない。
泣き声と笑い声が交じり合ったような、声。

内藤は耳を塞ぎ自室に駆け上がり、布団を被る。

頭の中にスプーンがあって、僕の脳をぐちゃぐちゃに掻き回す。
胸の中にナイフがあって、僕の心をズタズタに切り刻む。

嬌声が止んだ。
内藤の部屋のドアが開き、足跡が布団の前で止まる。
内藤はゆっくりと布団から出た。

191 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:27:54.77 ID:witfqzf7O
*( ; ;)*「お兄ちゃん……」

今にも消えてしまいそうなしゃがれた声。
涙で真っ赤になった顔。
痣だらけの裸体には汚らわしい体液。

内藤は彼女を抱き締め、栄養もろくに取っていない為に痩せ細り、折れてしまいそうな身体をベッドに横たえる。
ウェットティッシュでこびりついた精液を拭ってやる。
今や当然となった、儀式。

妹の裸体を拭きながら、内藤は苦悩する。

――何故、こんな事になった、と。
考えたってしょうがないのに。

母親が早くに死んだから?
妹が高校に進学したから?
父親と呼ぶには汚らわしい男が狂ってしまったから?

*(*‘‘)*「お兄、ちゃん……」

192 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:29:40.04 ID:witfqzf7O
ヘリカルの手が、内藤の手に触れる。
呼び掛けこそ肉親に対するものだが、声は異性をを誘うソレだ。

――ああ、妹も狂ってしまった……。
そして、僕も。

( ;ω;)「う、うわぁああぁあぁぁ!!」

精神のタガが外れてしまった内藤は、狂ったようにヘリカルの身体を貪った。
部屋に満ちていくヘリカルの嬌声。

――狂っている。みんな。みんな!みんな!!

『お前等、何してる!!』

内藤の部屋の戸が開け放たれたと同時に怒号が内藤の耳をつんざく。
その額には血管が浮かび、目は血走っていた。
人の道を外れた者、『外道』。
この男を表現するには最も適切な言葉だ。
内藤がヘリカルの身体から離れ、外道に向き直る。
表情は、狂気の笑顔。

193 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:30:41.48 ID:witfqzf7O
内藤は部屋の隅に置いてあったバットを手に取った。
いつか父親に使おうと思ったバットは、最初で最後の役割を果たそうとしている。

「お、お前、何を考えている!?俺はお前の父親だぞ!?
そうだ!ヘリカルは自由にしてい」

内藤はあまりにもあっけない幕切れに呆れた。
ヘリカルは内藤の背後で口を押さえている。
その瞳は限界まで見開かれていた。

――こんなにも簡単なら、もっと早くに実行しておくべきだった。
そうすれば、妹を悲しませる事も無かったのに。

内藤は携帯電話を取出し、警察に電話をした。
ワンコールもしない内に受け付け係のよく通る声が彼の耳に届く。
ケジメはつけるつもりだった。

『はい、美府警察署です』

( ^ω^)「もしも」
*(‘‘)*「あ、ごめんなさい。
お兄ちゃんが酔っ払って電話しちゃいまして」

194 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:31:30.85 ID:witfqzf7O
(;^ω^)「!?」

何時の間にか内藤の傍に来ていたヘリカルが、内藤の携帯電話を奪う。
事態に反応出来ない内藤。

*(‘‘)*「ええ、はい。
ごめんなさい、よく言っておきますのでー、はーい。
……よっ、と」

内藤の携帯電話を布団に放り投げ、真っ正面に兄に向くヘリカル。
腰に両手を添えてにらみつける仕草は、内藤がかつて見たヘリカルの怒りの表現。

*(#‘‘)*「もう!何してんだよ!!バカ!!」

(;^ω^)「あー、う……」

内藤は言葉を発する事が出来ない。

*(#‘‘)*「あう、じゃないよ!
アシカかよ!!」

195 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:33:01.54 ID:witfqzf7O
ものすごい剣幕だ。
内藤の背筋に冷や汗が流れる。
彼は自分の妹のこんな姿を見るのは久しぶりだった。
妹が高校に入るまでは、良く見ていた気がする。

ヘリカルは一息吐き、内藤の胸にしがみ付き、洩れる嗚咽。

*( ; ;)*「やっと、やっとあいつから解放されたのに……。
僕を、一人に、しないで……」

( ^ω^)「……ヘリカル。
大丈夫、ずっと一緒だお」

小さな背中に内藤は腕を廻――せなかった。
ヘリカルが先に内藤から跳び離れたのだ。

*(;‘‘)*「やだっ!
僕、裸じゃん!!見るな、バカ兄ぃ!!」

部屋の物を手当たり次第に投げるヘリカル。
防御する内藤の言う事は一つ。

(;^ω^)「ここは僕の部屋だお……」

死体は庭に埋めた。

196 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:33:46.46 ID:witfqzf7O
日本陸上大会決勝。
美府高校ベンチにて。
内藤の両手には華。
美府高校陸上部が誇る、美少女マネージャー達。

*(‘‘)*「がんばってよ!お兄ちゃん!!」

川 ゚ -゚)「君ならやれる。自身を持て」

((; ゚ω ゚))「もももももろちんだおおおお」

内藤は破竹の勢いで勝ち進んでいた。が、やはり緊張は隠し切れない。

足はガクガク、目は虚ろ。
こんな奴がよく決勝まで辿り着いた者だと皆が首を傾げるのも無理はない。

*(;‘‘)*「何がもろちんだよ!!バカ兄ぃ!!」

(; ゚ω ゚)「おうふぁっ!!」

川*゚ -゚)「……もろちん」

内藤の背中にヘリカルの強烈な平手が入った。
息が詰まり、激しく咳き込む内藤。
そして、頬を染めるクー。

198 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:34:24.56 ID:witfqzf7O
(´・ω・`)「内藤、出番だよ」

( ^ω^)「はいっ!」

勢いよく立ち上がる内藤。
平手のおかげで緊張がホグれたらしい。
先程までの緊張した面持ちは無い。
身体の無駄な力も抜けた。

( ^ω^)「じゃ、軽く優勝してくるお。
……クー。全て終わったら、僕と付き合ってくれお」

川*゚ -゚)「もっとムードのいい所で言ってくれた方がよかったが。
……喜んで」

告白を聞き、両手を打ち鳴らし飛び跳ねるヘリカル。
彼女は仕事が出来て美しいクーに憧れを抱いていたのだ。

*(*‘‘)*「えー、クーさんがお兄ちゃんと!?
やだっ!嬉しいんだけど!!」

200 幸福への加速 New! 2006/08/09(水) 02:35:40.25 ID:witfqzf7O
クラウチングスタートの態勢を取り、深く息を吸い込む少年。

川 ゚ -゚)「……ヘリカルちゃん、聞いてくれ」

その表情は笑顔だが、眼光は鋭くゴールを射貫いていた。

*(;‘‘)*「……嘘」

空砲が鳴ったと同時に、一つの弾丸が放たれる。

*( ; ;)*「嘘よ!お兄ちゃんは、僕とずっと居てくれるって言ったもん!!」

川 ; -;)「……」

少年の名は内藤ホライゾン。
別名、『加速のブーン』。

表情は心の底からの笑顔。

終わり

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