256 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:15:28.41 ID:AbCCkj9vO
夏も終わりに近づいたある日、僕は彼女と出会った。
年令は十歳くらいだろうか。
雨が降る駅で、うずくまっていたんだ。

川д川「……」

痩せ細った身体、ボロボロの服。
僕は傘を差出し、一言。

――ご飯くらいならご馳走するお。

川д川「……はい」

彼女は黙って僕に付いてきた。
人を疑う事を知らないらしい。
ここは東京なのに。
いや、そんな余裕は彼女になかったのかもしれない。
それとも、諦めていたのか。

257 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:16:52.00 ID:AbCCkj9vO
――先にお風呂に入るといいお。それまでに、ご飯は出来るから。

川д川「……はい」

ブカブカな服を来た彼女は、僕の粗末な食事で泣いていた。
泣きながら、胃に詰め込んで。
喉が詰まれば水を飲んで、また食べて。
一体、彼女はどんな暮らしをしてきたのだろう。

親は。
名前は。
住所は。

――僕には聞けなかった。
いや、誰が聞けるだろう。
粗末な食事で涙を流し、満腹になっても尚、ご飯を詰め込もうとする少女に対して。

258 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:17:43.93 ID:AbCCkj9vO
――その布団で寝るといいお。僕はソファで寝るから。

どうやら彼女は眠れないようだ。嗚咽が聞こえる。
彼女の嗚咽の意味は分からないが、僕はそれを子守歌に、眠りに堕ちる。

次の日、僕は彼女になけなしの五千円を渡した。
一気に財布が淋しくなったけど、しょうがない。

川д川「……え?」

――それでどうにかすればいいお。家に帰るもよし、
服を買うもよし。
あ、出ていく時は鍵を閉めなくてもいいお。
どうせ盗られる物も無いお。

川д川「……」

262 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:19:09.17 ID:AbCCkj9vO
後ろ髪を引かれなかったと言えば、嘘になる。
僕も今の財布と同じ。
夢を見て上京して、
でも現実は厳しくて。
生きていく事に精一杯で。
がむしゃらに働く内、ふと頭をもたげる事は。

――淋しいお……。

ほのかな期待と共にドアを開けると、変わらない虚しい空間が広がっていた。
そういえば、鍵が開いていたっけ。
まあ、いいさ。色々なゴタゴタに巻き込まれずに済む。
これでよかったのだ。

……ん? カチャリ?

川д川「……あ、お帰りなさい。これ、お釣りです……」

――帰って来た時は『ただいま』、だお。で、何を買ったんだお?

粗末なピンクのお茶碗に、箸、コップ、最低限必要な日用品。
服は買っていない。
財布と僕に、温もりが戻ってきた。

264 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:20:07.73 ID:AbCCkj9vO
その日から、僕と彼女の同居生活が始まった。

家に帰れば彼女がいて。
他愛の無い事を喋って。
一緒の布団で、眠って。

彼女は控えめに笑って、静かに怒って、そして、仲直り。

――そんな生活、長く続かない事は分かっていた。

川д川「……あ、お客さんです」

ノックの音。僕の家にチャイムなんて大層な物は付いていない。
嫌な予感がした。
新聞の勧誘か、宗教か。

――それとも、最悪の現実か。……ビンゴ。


('、`*川「……妹が、お世話になりました」

266 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:21:29.80 ID:AbCCkj9vO
何を今更、と言いたいが、僕には何も言えない。
彼女が黙って立ち上がったからだ。
そういえば、名前も聞いていなかったっけ。
最後に、聞きたい。彼女の名前を。

('、`*川「さぁ、行くわよ“アキ”」

川д川「……はい、“フユ”姉さん」

秋の始まりと同時に現われ、秋の終わりと同時に去る。
さよならさえ言わなかった。
実に彼女らしいといえば、らしい別れ方だ。

涙すら出ない。

267 秋の訪れ New! 2006/10/10(火) 22:22:19.20 ID:AbCCkj9vO
从゚∀从「へーぇ、なんかメルヘンチックな話だなぁ」

こいつ、全く信じてないな。
まあいい。

从゚∀从「このコップやらが、その名残か。女々しいねぇ」

そう、確かに女々しい。
否定はしない。
でも、君もそろそろ。

( ^ω^)「そろそろ風が冷たくなってきたお。……“ナツ”」

秋の訪れと共に、ノックの音が鳴る。

僕の部屋には四組の茶碗、箸、コップ、最低限必要な日用品。

――僕の奇妙な一年は巡る。
一人が去り、一人が新たに来る。

――でも、淋しく無くなったから、いいんだお。

終わり

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