131 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:15:44.86 ID:IkMydPFk0
(-_-)「つっまんねースレだな、どいつもこいつも空気読めよ」

思わずそんなことを呟いてしまう。それもこの頃、日常茶飯事になってきた。
6畳の自室はとても人には見せられない、醜悪な姿を晒していた。
性的欲求の充足を目的としたものが至る所に置かれている。他には、特に何もない。
通信手段は目の前のパソコン。行動範囲は広くてもトイレや風呂。
ヒッキーは、世間でいうところの引き篭もりである。そこにはなんのオリジナリティもない。
詳説すれば、ありがちな引き篭もり、となる。

(-_-)「やってられっか」

某巨大掲示板で論破されたことが頭にきたのか、ヒッキーは椅子を蹴って立ち上がった。
行くあてなどどこにもない。彼にできることといえば情報宇宙の中を無意味無意義に漂うことぐらいである。
のそのそと歩いて窓を開けた。
外は酷い晴天だった。陽光は燦々と降り注ぎ、雲は川に浮かぶ落ち葉のように滑らかな流動を見せている。
思わず目を細めた。そしてすぐに窓を閉める。

(-_-)「はぁ、秋か」

随分と涼しくなってきた気がする。
パソコンのディスプレイによると、今日は十月十日。
祝日が改正されるまでは、体育の日で祝日だった頃である。
もっとも、今となっては外界と無縁のヒッキーにとっては、今日もただの「一日」に過ぎないのだが。
もう一度パソコンに座り、新しい話題を探す。
マウスを走らせる、キーボードをたたく。非生産的な作業を、ヒッキーは無感情に、淡々とこなしていた。自己の欲求すらも、そこにはないのかもしれない。

そんなときだった。
不意に、背後から声がした。

133 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:16:40.20 ID:IkMydPFk0
( ∵)「どうしましたか」

背筋を、寒いものが走った。
指が止まる。だが、後ろに振り向くことは出来ない。
両親はこの部屋に入ってこない。それ以前に、ドアを開けた音すら聞こえなかった。足音も、床に散乱しているエロゲ他諸々を踏み散らかす音も、何もかも聞こえてこなかった。
それなのに、声だけが聞こえた。聞き覚えのない、声だけが。
数秒かかって理解した。これは、異常だ。

( ∵)「おやおや、固まってますねえ。引き篭もりのヒッキーさん」

なぜ俺の名前を知っている。なぜここに入ってこれた。
お前は、誰だ。
様々な疑問がヒッキーの頭を巡るが、会報は見出せない。

意を決して振り向く。
長身の男が突っ立っていた。紳士のような微笑。それがやたらと気味悪い。

(-_-)「誰だよ、お前」
( ∵)「秋ですね」
(-_-)「ああ?」
( ∵)「秋です。食欲の秋、芸術の秋、そしてスポーツの秋……秋は希望に満ち溢れています」
(-_-)「だから誰なんだよ、てめえはよ!」
( ∵)「特に今日は十月十日……昔ならば体育の日でした。そんな今日、わたしは貴方にオススメのスポーツを紹介しに参りました次第です」
(-_-)「……」
( ∵)「申し遅れました。私の名前はビコーズです」

そして一礼。とことんマイペースな男だった。

136 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:18:09.83 ID:IkMydPFk0
(-_-)「いらねえよ。スポーツに興味はねえ」

ヒッキーは嘆息する。外出する気すら皆無の自分に、運動などできるわけもない。

( ∵)「そうですか? 貴方のような方には特に、ピッタリのスポーツだと思うのですがね」
(-_-)「どんなスポーツだよ」
( ∵)「殺人です」

そういったビコーズは、ポケットから小さな刃物を取り出した。
ヒッキーはしばし唖然とする。

(-_-)「何言ってんだ、お前」
( ∵)「あまり身体を動かすことも必要とせず、手を振るだけで競技を成立させることができる、すばらしいスポーツですよ」
(-_-)「……」
( ∵)「精神壊れかけの貴方にはピッタリ」
(-_-)「うるせぇよ!」
( ∵)「おや」
(-_-)「勝手に入ってきやがって……なんで俺のことを知ってる!? さっさと出て行けよ、出て行けよ!」

過剰反応と思われても仕方のないような叫び方だった。
血相を変えたヒッキーを前にしても、ビコーズは笑みを崩さなかった。

( ∵)「……こう邪険に扱われると、どうも、ね。居辛いです」
(-_-)「……ッ!」
( ∵)「わかりました。帰りましょう」

138 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:18:53.59 ID:IkMydPFk0
( ∵)「その代わり、貴方を壊して差し上げます」
(-_-)「なんだって?」
( ∵)「ゆっくりと、時間をかけて崩してあげましょう。貴方の、最後の牙城を」
(-_-)「臭い事言ってんじゃねえよ」

ヒッキーが吐き捨てた直後、ビコーズは、どこへともなく消失した。

だが、それだけでは終わらなかった。
時間とともに、ヒッキーは確実且つ順調に壊れていったのだ。

139 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:19:52.96 ID:IkMydPFk0
(-_-)「…・・・ ぅ」

ビコーズと名乗る男が現れて一ヶ月。
夜、ヒッキーは自室で苦悶の表情を浮かべていた。

(-_-)(なぜだ……なぜだろう……)

(-_-)(誰かを殺したくてたまらない……)

数ヶ月前まで。
ヒッキーには彼女がいた。名前はツン。
まさにバカップルだった。周囲にはこれでもかとばかりに囃したてられたが、二人は特別気にすることもなかった。
二人は信じて疑わなかった。これから、いつまでも二人は共に存在できるのだと。

しかし、そんな希望は容易く瓦解した。
夏の終わり、ツンが失踪した。
理由はわからなかった。書置きもなかった。
ヒッキーは必死になって探した。毎日毎日、血を吐くような勢いで探し続けた。
そのおかげか、それとも、そのせいか。
ツンが亡骸となってヒッキーの元に戻ってくるまでに、それほど時間はかからなかった。

彼女の葬式の翌日から、ヒッキーは自室に引き篭もるようになった。
誰の慰めも、誰の説得も、ヒッキーには嘲りに聞こえたのだ。
彼は現実から逃避した。掲示板から得た情報を元に、どんどん逃げた。
三次元から二次元に。そのおかげで、エロゲ等々も無駄に購入した。
それでも、ヒッキーは満足することができない。
当然といえば、当然であるが。

141 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:20:38.43 ID:IkMydPFk0
( ∵)「お久しぶりです」
(-_-)「!」

一ヶ月前と同様、ビコーズは音もなくヒッキーの前に現れた。

(-_-)「てめぇ……俺に何をした!?」
( ∵)「言ったでしょう。私は貴方を壊す、と」
(-_-)「……!」
( ∵)「貴方の牙城は思ったよりも脆かった。おかげで、秋の終わりまでに私の目的を達成できそうです」
(-_-)「てめぇ……」
( ∵)「口先だけなら何とでもいえますねえ」

韻を踏むようなビコーズの口調。
それと同時に、ビコーズは懐からサバイバルナイフを取り出す。
そして、それをヒッキーに向けて差し伸べた。
たじろぐヒッキー。ビコーズは紳士的な微笑を絶やさない。

143 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:21:34.17 ID:IkMydPFk0
( ∵)「殺したいでしょう、人を殺したいでしょう」
(-_-)「やめろ……」
( ∵)「貴方の彼女を殺した誰かを、殺したいでしょう」
(-_-)「やめろ!」
( ∵)「殺せばいいんですよ、何せ今は、スポーツの秋ですから……」
(-_-)「そんなくだらない屁理屈で……」
( ∵)「くだらない屁理屈に敗れるのが今の貴方です。今現在も貴方は本能を抑えようと必死だ」
(-_-)「……」
( ∵)「ほら、否定できない。もう無理なのですよ、理性を保つのは。私の手にかかった以上、ね」

そして、ビコーズはヒッキーの目の前でナイフをちらつかせる。
そのナイフを、ヒッキーは無意識のうちに奪い取っていた。

( ∵)「さぁ、行きましょう」

その殺意はヒッキー自身の本意ではなく、ビコーズの洗脳の成果である。
しかし、そんなことをヒッキーが知るはずもなく。

11月10日。空が宵闇に包まれた頃。
ヒッキーは、母親を殺した。

144 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:22:49.71 ID:IkMydPFk0
一度決壊した理性の壁はもう元には戻らない。
溢れ出す、無差別な殺意の漏出も止められない。
ヒッキーは次の獲物を求める。背後で、ビコーズが笑う。

(-_-)「あぁ……次、次……」

一人殺した。中年の男。会社帰りだったのだろう。
悲鳴はなかったはずである。心臓を一突き、それで終了した。うめき声ぐらいはもれていたかもしれない。
だが、元々人通りの少ない路地である。見つかった可能性は少ない。

(-_-)「はぁ……ハァ」

もともと引き篭りではなかったヒッキーである。
体格もそれなりに良かった。

( ∵)「まず一人目……まだ満ちてないでしょう?」
(-_-)「……あぁ」
( ∵)「もっともっと殺さないと。絶望を与えてあげましょうよ」

言われて、周囲を見回すヒッキー。誰もいないのを確認すると、歩き出した。
このとき、ヒッキーは気付くべきだったのかもしれない。
なぜ自分に、一番傍にいるビコーズを殺す意思がないのか、ということに。

( ∵)「……さて」

ヒッキーを見送ったあと、ビコーズはもう一本のナイフを取り出した。

( ∵)「私は、芸術の秋を愉しむとしましょうか」

肉を切り刻む音が響いた。

145 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:24:04.86 ID:IkMydPFk0
(-_-)「……ふう」

また一人殺した。今度は、学校帰りらしい、若い女。
ツンに似ていたような気がしなくもない。しかし、それは今のヒッキーには関係のないことだ。
今度は悲鳴をあげられてしまった。失態である。
五度ぐらい刺してやっと、事切れた。

( ∵)「おやおや、悲鳴が聞こえましたよ」

遅れてビコーズがやってきた。手に握られているのは、先ほど殺したばかりの男の腕。

( ∵)「気付かれた可能性が高いですねえ」

そういいながらもビコーズは、その女性の傍にしゃがんで、ナイフで肉体を裂き始めている。

そんな時、一つの悲鳴。振り向いたときには時すでに遅し。
誰かが駆け去っていくのが、彼方に見えた。

( ∵)「案の定、ですねえ」

ビコーズが立ち上がり、ヒッキーのそばまで歩く。

(-_-)「逃げるか、一度……」
( ∵)「いえ、逃げる必要はありません」
(-_-)「何?」
( ∵)「元々貴方には、それほど期待していませんでしたから」
(-_-)「それはどういうい……っ!?」

ヒッキーの言葉は途切れた。背中から腹に向かって、ビコーズのナイフで貫かれたのだ。
手からナイフが落ちて、高い音をたてた。

148 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:25:09.22 ID:IkMydPFk0
(-_-)「てめ……え……」
( ∵)「一つ、いいことを教えてあげましょうか」
(-_-)「……」
( ∵)「貴方の彼女……ツン、とかいいましたっけ」
(-_-)「!」
( ∵)「彼女を殺したのは、実は私なんですよ」
(-_-)「な……」
( ∵)「それでは、さようなら、ヒッキー」

絶望に打ちひしがれる暇もなく。
ヒッキーは息絶え、地面に崩れ落ちた。

( ∵)「芸術の秋、ですねえ。どの肉を切り取れば美しいでしょうか」

闇の中、ビコーズの含み笑いがいつまでも続いていた。

翌日から。

腕を切り取られた中年男性。
耳を削ぎ落とされた若い女性。
そして、首のない若い男。

3つの遺体は、世間を賑わせることとなる。

154 スポーツの秋 芸術の秋 食欲の秋 sage New! 2006/10/10(火) 20:32:15.24 ID:IkMydPFk0
( ∵)「もう少しヒッキーは生かしておいて、絶望に狂うのを見届けるのもよかったかもしれませんねえ」

ヒッキーはひとりごちた。
誰もいない空間。ヒッキーと、血の乾いた、いくつかの人体の欠片だけがそこにある。

( ∵)「力はすばらしい。誰でも絶望に陥れることができる……」

( ∵)「今回は少しだけ、長期間の作業となってしまいましたが」

ツンを殺してヒッキーを絶望させる。それも、数ヶ月間。
そんなヒッキーを狂わせ、無差別に人を殺させる。
そして最期に、最大の絶望をヒッキーに告げる。
すばらしい筋書きだった。ビコーズの愉悦は十分に満たされた。

( ∵)「後は食欲の秋、ですね……どれからいきましょうかねえ」

ビコーズは迷った挙句、一本の腕を取った。

( ∵)(……さて、次は……)

( ∵)(誰に絶望を与えましょうか……)

そんなことを考えながら、ビコーズは人肉にむしゃぶりつく。

その目は、快楽に染められていた。



終。

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