45 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:01:30.89 ID:T6u60i620
足先が冷える。部屋の中が薄暗い。いつの間にか眠っていたようだ。
敷きっぱなしの布団の中で虫みたいにもぞりと動き、冷えた足を引っ込める。
もう一度寝てしまおうかと思ったが、目が冴えてしまったのか眠ることができない。

( 'A`)「……あぁっ」

意識的にあくびをし、脳内に酸素を取り入れる。
布団から右腕だけをだし、すっかり時計と化した携帯電話に手をかける。
画面には買った時から変えていない、無駄に凝った画像がうつしだされる。
着信が無いことに嘆息し、本来の目的を確認する。

( 'A`)「七時半……か」

意味も無く呟いてみるが、返事は静寂ばかりなり。
携帯を軽く放り投げ、体の向きを変える。

点けっぱなしのノートパソコンに触れ、スレをチェックしていく。
眠る前に興味を引いていたスレはほとんどがdat落ちしてしまっていたようで、
常駐スレと他に二、三箇所のみが残っていただけだった。

落ちたものはしょうがないので、常駐スレをダウンロードする。
ピンポーンと甲高い音が響き、スレの続きが表示される。
寝そべったままの状態で画面をスクロールさせていくと、スレ内の雰囲気が怪しげなものであるのに気付く。

47 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:02:33.20 ID:T6u60i620
( 'A`)「んだよっ。またかよ……」

スレ内はどうやら荒れているようだった。
発端は他愛もない発言だったが、それに一人が噛み付いて、そのレスにまた返して――。
いつものパターンだ。売り言葉に買い言葉で喧嘩が拡大し、数人が便乗してスレ内が荒れる。

布団の上であぐらをかき、背を丸めながら仲介のレスを打つ。
こんなことをしても流れが変ることはないとわかっているが、
自分の意思を他者に伝えるためにレスをする。要は自己満足だ。

それなりの長さになった文章を二度、三度と読み返す。
刺激させないように書いたので、自分の言いたいことが薄められ、随分と細い文字列となってしまった。
ジトッと汗ばんだ手を握りなおし、マウスをクリックする。

送信してしまった……。
レスをした時にいつも襲われる。ほんの少しの満足感と、多大な恐怖感。
長いこと2chをやっているが、一向に慣れることはない。
ネットワーク越しの誰かの反感を買うかもしれない。もしかしたら叩かれるかもしれない。
実際は自分にレスがつくことなど稀なのだが、今回はそうではないかも――。

自意識過剰な自分の陰が、陰鬱な気持ちを一層掻きたてた。

49 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:03:40.78 ID:T6u60i620
スレの続きを見る気になれず、パソコンから目を離す。
もう一度寝転がり、布団にくるまる。

しばらく何もせずにぼーっとしていたが、手持ち無沙汰に読みかけの本を取ろうとする。
横着に腕を伸ばしたのが災いし、不安定に積み上げられた本の山は音を立てて崩れる。
元々残り少なかった足場が、輪を掛けてなくなっていく。

自分の思慮の浅さに舌を打つが、直すのも面倒だ。
目的の本だけ抜き取り、栞を挟んだ箇所から読み始める――。

数ページ読み進めたところで、読む気がうせた。
あいつに薦められただけで興味があったわけではないし、話が深すぎて理解できそうになかった。

( 'A`)「『和解』、か……」

和解する相手のいない、おれには理解できない話なのかもしれない。
和解するには相手と険悪な関係にならなければならない。自分の内側を相手に見せなければいけない。
角が立たないように、嫌われないように生きてきた。おれには眩しすぎる……。

自己嫌悪に陥りそうな思考を遮るように、腹の虫が鳴いた。

53 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:04:42.30 ID:T6u60i620
昨日、一昨日とろくなものを食べていなかったことを思い出す。
腹は減っているが、何かを作る気力が起きなかったせいだ。飯だけの話ではないが……。

兎にも角にも、栄養失調で病院送りなど笑い話にもならない。
掛け声を入れながら、勢いにまかせて立ち上がる。
骨の軋む音が聞こえ、次いで視界がぐにゃりと曲がる。
倒れないように前屈みになり、両手を膝の上に乗せて踏ん張った――。

視界の歪みが徐々に消え、なんとか平静を保てるほどに回復する。
冷たい汗を拭い、爪先立ちで冷蔵庫へと近づく。

(;'A`)「うへぇ」

全滅していた。
空っぽだった。
何もなかった。
言いかたを変えたところで、現実は変らなかった。

催促するように、腹の虫は高らかに鳴いた。

54 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:05:42.34 ID:T6u60i620
安物のカーテンに指をかける。
覗くように外を見ると、鉛のような雲が空を覆っていた。
雨が降っていないことを確認し、外にでるための支度をする。

予想はしていたが、酷い顔だった。
洗面所に備え付けられている鏡に映ったそれは、妖怪を彷彿とさせる容貌をしていた。

嘆いていても始まらない。
伸ばしっぱなしの髪を櫛でとかし、後ろで一つに纏める。
同じように放っておいた髭を丹念に剃る。少し青く残るが、そこは目をつむろう。
冷水で顔を洗い、顔と気持ちを引き締める。
頬のこけは隠しようがないが、先程よりは見れる顔になったことに満足する。

それなりのTシャツを選び、一本しかないジーパンに履き替える。
数年前から愛用しているグレーのジャケットをはおり、鳴らない携帯をポケットに突っ込む。
外に出る勇気をくれるようなCDをウォークマンにセットする。
用を足して、準備は整った。

数日ぶりに吸った外の空気は、むせ返るほどに涼やかだった。

55 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:06:49.28 ID:T6u60i620
( 'A`)「ゴング、ゴング、ゴング鳴らせ、と」

イヤホンから流れる音楽に合わせて口ずさむ。
お気に入りの音楽に支えられ、なんとかかんとか歩を進める。

昨日は雨が降っていたようで、路上には水溜りができていた。
濡れそぼった上に、踏みつけられた植物が力なくしなだれている。
先端が瑞々しい青から枯れた茶へと移り変わっており、季節の推移を感じさせた。

数分歩いた後、目的地へと到着する。
古ぼけた、今にも潰れそうなこじんまりとした商店。
所々すすけた看板に、『荒巻商店』と味も素っ気もない黒文字で書かれている。

( 'A`)「…………」
/ ,' 3 「…………」

ぼそぼそと「オハヨウございます」と言った言葉を聞いてか聞かずか、
店の主人は怪訝そうな眼つきで口を動かした。恐らく「いらっしゃいませ」とでも言ったのだろう。

57 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:07:53.56 ID:T6u60i620
後悔した。

店内を物色している間、店主の視線が気になった。
責めるような瞳は蛇に似て、蛙のおれをすくめるには充分だった。

別に悪いことはしていないのだが、こちらに非があるような気がしてくる。
もしかしたら自分のことを物取りかなにかと勘違いしているのかもしれない。
そんな度胸はないと言いたかったが、それを言う勇気も勿論なかった。

そんな状態でまともに買い物などできるわけもない。
商品を選ぶ振りをしながら、その実、商品なんて見ていなかった。

できるだけ自然な客然とし、呼吸を整え、早足にならず、かといって遅すぎないように気を配りながら店内を闊歩する。
視線の運びも重要だ。キョロキョロしないように視点を集中させる。
腕の動きも同様。無駄な動作は一切省き、目標に向かって手を伸ばし、眼前へ。そして元の場所へと戻す。
全ての動作を迅速かつ丁寧に。それらを繰り返しながら出口までにじり寄る。

( 'A`)「…………」

出る時もボソリと「失礼します」と挨拶する。
今度は店主の顔が見えなかったので、挨拶が返ってきたかはわからなかった。

胸の奥から、大きく息を吐きだした。
息は白く空を漂い、淀んだ空気に溶ろけて消えた。

58 ◆y7/jBFQ5SY 五合目 New! 2006/10/10(火) 19:09:03.93 ID:T6u60i620
(;'A`)「限界バ、トル叩き、つけて、傷ついたってい、いんじゃない、と」

今度はコンビニへと向かう。
客の動向に無関心なコンビニでなら、なんとか買い物をすることもできる……と思う。

だが、問題もあった。
コンビニまでは先程の商店とは違い、結構な距離がある。
万年運動不足であるおれには、歩くことが重労働となりうるのだ。

拭っても拭っても溢れてくる汗が、前髪と額の仲人となって気持ちが悪い。
喉の奥で擦れた呼吸音が鳴り、頭蓋を振動させる。胸も痛い。
体の芯は熱いのに、手や頬は外気に触れ、凍えた。熱さと寒さでひりひりする。

風邪でもひきそうだ……。

途端、重力がおれの体をわしづかみにした。
視界がぼやける。平衡感覚は消えうせ、真っ直ぐ歩くことが困難に。
喉頭が腫れてきているような、妙な嘔吐感を覚える。
額の汗が生温いものから凍り水へと変る。
脳味噌を鈍器で叩かれたような鈍痛が、内側から絶え間なく響く。

やっとこさっとこコンビニに着いた時には、視界が白に覆われていた。
倒れなかったのが不思議なくらいに死にそうだった。

60 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:10:13.27 ID:T6u60i620
水泳の息継ぎのように極限まで息を吸い込み、深く吐き出す。
何度か繰り返し、落ち着いたのを確認する。
張り付いた髪を“てぐし”で整え、乱れた服装をただす。全身くまなく気を入れる。

全準備を完了し、不倶戴天の敵に挑むように自動ドアの前で屹立する。
ドアは音を立てて道を開け、温い風が外へと逃げ出していく。

( ゚д゚ )「いらっしゃいませー」

カウンターから間延びした声が聞こえる。
つまらなそうな顔を隠そうともせず、こちらを見ることすらしない。
店員としては赤点かもしれないが、個人的にはありがたかった。特に女性でないところが。

買い物かごを持ち、店員の視界に入らないように右折する。
雑誌コーナーを素通りし、食品棚へと直行。安くて腹にたまりそうな物を探す。
パン類を中心に選ぶが、中々おいしそうな物がない。
コンビニで味を求めるほうが間違っているのかもしれないが――。

結局、6枚切りの食パン二斤とカレーパン、アンパンで我慢することにした。
かごの中にそれぞれがそれぞれを潰さないように配置する。

イヤホンを外し、外界との繋がりを一つ増やす。
乾きそうになる口の中を無理に潤しながら、カウンターへと向かう。

そして――ラスボスの眼前へと差し迫った。

64 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:11:15.18 ID:T6u60i620
( ゚д゚ )「いらっしゃいませー」
( 'A`)「……お願いします……」

店員は間延びした声で、おざなりな挨拶をする。
商品を乱暴につかみ、ぼんぼんくしゃくしゃと音を立てながらバーコードリーダーを押し当てる。
商品を、ましてや食品をそんな風に扱うなよ。心の中で愚痴る。
手馴れた手つきでパネル操作をする店員を睨むが、こちらの意図は全く伝わっていないようだった。

( ゚д゚ )「693円になります」
( 'A`)「あ、はい」

相変わらずこっちを見ずに、淡々と袋の中にパンを詰めていく。
その仕草がおれは急かしているように感じ、慌ててポケットの中へと手を入れる。
細かいのあったっけな――。

(;'A`)「――あれ?」

ジーパンのポケット、尻ポケット。ジャケットの中にも手を入れる。
…………ない。
もう一度順繰りに調べなおしていく。ない。どうしよう。
店員がぱっちりと開いた瞳でこちらを見てくる。

こっちみんな。

65 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:12:22.02 ID:T6u60i620
(;'A`)「…………あのぉ」

消え入りそうな蝋燭の火みたいな声で呟く。
なんとか相手の耳には届いたようで、「はぁ」と相槌をうってくれた。

(;'A`)「キャンセ…………」
( ゚д゚ )「ああ、キャンセルっすね? わかりました」

「キャンセルでお願いします」デクレッシェンドにしぼむ声。
こちらの言いたいことは伝わったようで、ビニール袋に入れたパンをぞんざいに取り出していく。

どうしていいかわからず、罰で廊下に立たされた小学生のように棒立ちとなる。
店内に流れるポップなBGMや、カウンターの奥のポスターが気になりながらもじもじする。
そんなおれを訝しげに見つめる店員。さっさと出てけと目で訴えている。

いたたまれなくなり、急いでその場から逃げ出した。
自動ドアは逃道を作るのにやたら時間をかけていた。

冷たい外気を肺に満たす。
と、右ポケットからピロピロと機械的な音が漏れだす。
一瞬なんの音かと疑ったが、どうやら時計から発せられているようだった。

珍しいこともあるもんだ。

67 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:13:22.75 ID:T6u60i620
ポケットから携帯を取り出す。電話かメールが来たことを知らせる明滅が、いやに懐かしい。
感傷に浸りながら、一方で怪しむ気持ちが湧いてくる。

ピンク系のメールか、はたまたイタズラか――。
どうせろくでもない内容だろう。過剰な期待はしない。
期待すると後が辛いから……。

震える指を折りたたまれた携帯の間に差し込み、弾くように開く。
『新着Eメール 2件』
閉じる。開く。
『新着Eメール 2件』

指先の震えが一層増す。悪い知らせでも――。
案ずるより産むが安し。親指の腹でボタンをぎゅうと押し込む。

久しく見ることのなかった画像が瞳にうつる。
薄く開いたまぶたで、恐る恐る差出人の名を確認する――。

(*'∀`)「……ふはっ」

差出人はどちらも同じ人物だった。

69 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:14:23.35 ID:T6u60i620
内容はどちらも同じようなメール。
差しあたって急ぐものとも思えない、傍から見たら他愛のないもの。
事実、おれも内容自体は対して気にも留めなかった。

一通目のメールの受信時間を見る。
現在時刻のほぼ三十分前。あの古びた商店にいた時間と重なる。

店主の口の動き、視線を思い出す。
あれは挨拶ではなかったのだろう。恐らく「携帯鳴ってるよ」とでも言っていたのだ。
そして、おれの挨拶は聞こえなかったに違いない。
自分の言葉を無視した男を不審に思い、泥棒かなにかいかがわしい存在だと思い、監視していたのだろう。
中途が抜けていただけで、結果だけは初めの直感と変らなかったのだ。

なんと滑稽なことか。辺りに人がいないことを確認しつつ、小さく声を出して笑った。

72 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:15:25.07 ID:T6u60i620
二通目のメール。内容は一通目と殆ど変わりない。
しかし、これも随分と珍妙だ。笑いが止まらない。

わざわざ計ったようにイヤホンを外した時にメールが来るとは。
もし一通目が来た時にイヤホンをしていなかったら、あの商店で買い物を済ませていただろう。
もし財布を忘れず、もたついていなかったら、二通目が来たことには気付かなかっただろう。

始めからこうなることが定められていた歯車のように、ピタリと噛みあった現象。
笑いが止まらなかった。人目もはばからず声を大にして笑った。

(*'∀`)「ふふwwタイミングがいいのか悪いのか……まったくあいつはwww」

実際はなんの因果もないのかもしれない。
商店の主人は客を監視するのが趣味の嫌な奴なのかもしれない。

それでも、おれは楽しい想像を頭の中で練ることにした。
返信はしないでおこう。幻の三通目を期待して。

耳にイヤホンを差込、帰路に着く。素敵な妄想を転がしながら。

(*'∀`)「立ち上がれ、気高く舞え、さだめを受けた戦士よ、と」

帰り道は汗をかくことはなかった。

73 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:16:29.50 ID:T6u60i620
玄関のドアを開けると、中からこもった臭いが漂ってくる。
家の中でくすぶっていた時は気付かなかったが、相当空気が淀んでいるようだ。
……たまには窓を開けるのも悪くないか。

財布はノートパソコンの横に置かれていた。
中を確認する。重さに比例して寂しくなった。

そのままコンビニへ向かおうとしたが、スレの続きが気になり、ダウンロードする。
あれからも活発な議論が行われたのか、随分と伸びていた。
自分にレスがついていないか期待しながらスクロールしていったが、現実は非情だった。

罵りあいの喧嘩はすぐに終結したらしく、新しい議題について活気づいている。
スレ内は為替市場のようにレスが飛び交い、新鮮なネタで溢れかえる。

(*'∀`)「祭りかぁ――。楽しそうだな。参加しようかな」

お題は「秋」。旬なお題だ。今すぐにでも書けそうな気がする。
最近は何も書いてなかったし……いっちょやってみますか!

浮かれ気分でディスプレイを覗いていると、現実へ引き戻すようにピロピロ音が鳴る。

75 ◆y7/jBFQ5SY New! 2006/10/10(火) 19:17:30.06 ID:T6u60i620
(*'∀`)「うはっwwキタww」

有頂天に拍車をかける。ここまで予想通りだとは。
笑いを堪えながら、財布をポケットに入れる。この重さすら心地よい。

もう一度あの商店に行ってみようか。もちろんイヤホンはつけたままで。
店主の表情を想像するだけで笑いが込み上げる。

玄関のドアを開ける。鉛の雲はどこかへ霧散し、秋の柔らかな日差しが覗いていた。

(*'∀`)「ゴング、ゴング、ゴング鳴らせ!」





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