438 扇風機 New! 2006/06/10(土) 20:26:11.45 ID:0w3tkrJa0
僕が前を通るたびに、その猫は愛らしい声で切ない歌を歌ってくれた。
出勤しても上司から怒鳴られるだけの日々に、飽き飽きしていた僕。
毎日の出勤は僕にとって、これから死地へと向かう兵士の気分だ。
そんな耐え難い日々を変えてくれたのが、切ない歌声。
僕は彼女にお礼をしなければならない。

( ^ω^)「おいすー。毎日歌をありがとうだお。御礼をするお」

遠慮していた彼女も、僕が強く見つめると渋々頭を下げた。
僕はダンボールにすっぽり納まっている彼女を持ち上げ、
自分のアパートへ向かった。
彼女はすっかり安心しきっている様子で、うなだれたまま顔を上げない。
揺れが心地よいのか、時々肩がビクッと震える。そこがまた愛らしい。
僕はダンボールを持っているのと逆の手でアパートのドアを開け、
彼女を室内に投げ入れた。ダンボールが小気味良い音を立てて弾み、
僕が準備をしておいた扇風機の前まで転がった。

(*゚ー゚)「痛いよ」

彼女の切ない声が鼓膜を刺激する。僕の股間にテントが張った。

( ^ω^)「安心するお。痛くしないから」

僕は無造作に放ってあった縄を手にして、ゆっくりと彼女に近づく。
彼女は素早い行動が出来ない。僕は彼女に手を伸ばした。

( ^ω^)「つっ」

指に激痛。赤い血。忘れていた。彼女は猫だ。小さいとはいえ、その牙は凶器になる。

439 扇風機 New! 2006/06/10(土) 20:26:45.26 ID:0w3tkrJa0
(#^ω^)「ふざけるなお」

僕は思いっきりダンボールを蹴飛ばした。彼女が後ろ向きに倒れる。
頭を打ち、開いた口から吐息が漏れた。僕はすぐさまその口に新聞紙を突っ込む。

( ^ω^)「これでもう噛めないお。おとなしくするお」

怯えた表情。震える細い肩先。さらに張るテント。僕の体の一点に血が集中する。
頭が真っ黒に染まる。口から垂れた涎も気づかないほど、自分の世界に入り込んだ。

(*^ω^)「フヒヒヒ」

ダンボールが邪魔だ。
切るもの、包丁、台所、遠い、何かないか、近くに、切れるもの切れるもの切れるもの。
扇風機。視界の隅に入り込んできた扇風機。これだ。迷わず扇風機のスイッチを押す。
轟音。生ぬるい風が顔にかかる。構わず蓋を外す。指が一本後方に飛んでいった。
誰のだ。自分のか。しるか。指の欠けた手で扇風機の根元をつかみ、ダンボールに近づける。
目が合う。濁った、ドロドロの目。頬に激痛。扇風機の羽が頬をかすった。
それで気がつく。目に怯えている場合じゃない。ダンボールだ、ダンボールが邪魔なのだ。
必死に扇風機を近づける。手が滑った。扇風機が大きな音を立てて床に落ちた。
外れた羽。こちらに向かってくる。スローモーション。首から血が噴出す。

( ^ω^)「……」

(*゚ー゚)「……」

私は大きな音を立てて倒れた。首が熱い。焼けるようだ。私は死ぬのか、助かるのか。
いや、死んでも構わない。この傷では、助かったってもう歌は歌えないから。

終わり

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