635 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/06/03(土) 20:45:05.46 ID:8TaiTAfl0
東尋坊――福井県にある観光名所。
日本海の荒波が岩壁を切り崩して出来た高さ25メートルほどの絶壁であり、そして削られた岸肌が荒波の凄まじさを物語っている。
勿論こんなところから飛び降りたりしたら命を落とす危険性もあるし、実際この場所は自殺の名所としても知られている。


その東尋坊に一人の男が立っていた。
年齢は二十歳過ぎと言ったところか。そして彼はこの世の絶望でもみたかのような顔をしている。
こんな場所にこんな表情をした男がいる、誰が見ても自殺をするシチュエーションと思うだろう。
実際彼は死のうと思っていた。

('A`)「ここから飛び降りたら楽になるのかなぁ」
その問いかけに答えるものなど勿論いない。だが、彼は言葉を続けた。
('A`)「俺がこの世界に生を受けて二十余年。辛いことばかりだった。もういい加減疲れたよ…」
そう言うと彼は自分のはいてた靴を脱ぎ、その上に一枚の封筒を置く。その封筒には『遺書』とかかれていた。
('A`)「カーチャン。今行くよ」

彼はあの世への一歩を踏み出そうとした。と、その時―――

(;^ω^)「早まっちゃいけないおおおおおおおおお!!」
('A`)「!!」
後ろから両手を広げて彼のもとへ走ってくる男。そして彼のもとに辿りつき―――


そのまま彼を吹き飛ばし、二人は海へと落ちていった。



636 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/06/03(土) 20:46:34.10 ID:8TaiTAfl0
('A`)「ゲホッ、ゲホッ。な、何なんだおまえは。助けたいのか殺したいのかハッキリしてくれ」
(;^ω^)「ごめんだお。こういう場面はなれてなかったから…」
('A`)「こんな場面に慣れてる奴なんかいないと思うけどな…」
あのあと二人は何とか岩肌のふもとまで泳ぎ、人間が登れるくらいの高さにあった岩場に寝転がっていた。
( ^ω^)「君の名前を教えてくれないかお?」
('A`)「…ドクオ」
( ^ω^)「僕の名前はブーンだお。よろしくだお」
そういってブーンは体を起こすと右手をドクオの前に差し出す。が、ドクオはそれを振り払った。
('A`)「余計なことすんなよ。何で止めようとしたんだ」
( ^ω^)「何でって…自殺しようとしている人を見たら止めるのは当たり前だお」
('A`)「だからそれが余計だって言ってんだ!こっちの事情もしらねえくせに…」
( ^ω^)「そっちの事情は知らないお。でもここの近くの旅館で働いてる僕にとってはこんなところで自殺されては困るんだお」
('A`)「……」
( ^ω^)「それに君は僕と同じくらいの年にみえるお。まだ若いのに死のうとするなんてもったいないお」
( ^ω^)「良かったら事情を話してくれないかお?」



638 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/06/03(土) 20:47:25.60 ID:8TaiTAfl0
ドクオの家は貧しかった。
父親はドクオが生まれてすぐに交通事故で亡くなり、母親一人でドクオを育ててきたためだ。
それでもドクオは母親といるのが楽しかった。今考えるとこの時期が一番幸せだったのかもしれない。
だが中学校に入って少したった頃だろうか――
その母親が病魔に襲われた。

母親は入院し、その入院費や生活費などはドクオが働いて稼がなければいけなくなった。
だが中学生が働ける場所などたかが知れている。そしてますます貧しくなっていった。
もういい加減疲れた。死ねば楽になるんじゃないか。
何度もそう考えた。
でも彼は死ぬわけにはいかなかった。
母親を見捨てるわけにはいかない、今は苦しいけどいつかは病気を治してまた二人で―――

しかし、その思いも虚しく彼が中学を卒業する少し前に母親は天に召された。
医者曰く「ここまで長生きできただけでも凄い」との事。だがそんな事はどうでも良かった。

唯一の肉親でもあり心の支えでもあった人物、その母親はもういない。
この現実は彼を追い詰めるには十分だった。
いや、はじめのころは母親の分まで生きてやる、と思っていた。
が―――


639 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/06/03(土) 20:48:52.97 ID:8TaiTAfl0
('A`)「カーチャンが死んでから五年間、貧しい生活から抜け出すために必死で働いた。恐らく誰よりも頑張った。」
ドクオは、でも…といったあとに続けた。
('A`)「一週間前に首になったよ。たった一つのミスで、な。」
( ^ω^)「……」
('A`)「何でだ?何で俺はこんなに頑張ってるのにこんなに苦しい思いをしなきゃいけないんだ?神様は一体何してるんだ?俺みたいな人間を救うのが神様の役目じゃないのか?」
ドクオは強い口調でいった後、その場で泣き崩れてしまった。
('A`)「もう…疲れたんだ。生きていてもろくな事がない。早くカーチャンのもとに行きたいんだ…」

( ^ω^)「ドクオ、後ろを見るお」
('A`)「後ろ?そんなもんみたって崖しか…」
( ^ω^)「そう、崖だお。でもこの崖は波が何百年もかけて崩した崖なんだお」
('A`)「…それがどうした」
( ^ω^)「僕はこの崖を見るたびに水って凄いなあって思うお。こんな物凄く大きい岩壁を何百年もかけてここまで削ってきたんだお。何回も何回もぶつかって、だお」
('A`)「……」
( ^ω^)「人間だって同じことができると思うんだお。壁に当たっても何回も当たりつづければいつかはそれを崩す事ができる。そして崩した時、人間は何か大切なものを得られると思うんだお」
('A`)「何が言いたいんだ?」
( ^ω^)「死んじゃったら壁を崩す事が出来なくなるんだお。今のドクオは物凄い大きな壁の前にいると思うんだお。そして崩せないから悩んでる」
('A`)「……」
( ^ω^)「確かにドクオは今まで凄い苦労をしてきたお。恐らく僕より何百倍も。でもこの壁を崩した時、壊したときの何かはドクオにしか味わえないものなんだと思うお。それを味わえずに逃げるなんて損だと思うお」

640 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/06/03(土) 20:49:13.45 ID:8TaiTAfl0
('A`)「壁を崩した時にその何かを味わえる保証は?」
( ^ω^)「ないお。でも僕が壁を崩した時は何かを得られた気がするお。」
('A`)「気がするっておまえ…。そもそも大切な何かってのが曖昧だし…」
ブーンはあうあうと慌てていた。
('A`)「ただまあ…おまえなりに励まそうとしてくれたのは分かったぜ。それに…何かって言うのを味わってみたいしな」
( ^ω^)「じゃあ…」
('A`)「ああ。俺もう一回やってみるよ。とはいっても仕事すらないけどな…」
( ^ω^)「それなら僕の働いてる旅館でいっしょに働かないかお?いっつもツンツンしてる子ややたら酒をすすめてくる人なんかがいるけど楽しい職場だお」
('A`)「俺を雇ってくれるのか?中卒だし何の資格もないぜ」
ブーンはその問いかけに笑顔でこう答えた。
( ^ω^)「大丈夫だお。なにしろ僕がその旅館の支配人だからだお」



その後、たまたま近くを通りかかった船に助けられた俺はブーンの旅館で働くことになった。
正直、あんまり繁盛はしていないし、この調子じゃあ貧しい生活から抜け出すなんて何年かかるか分からない。
でも俺は決して逃げはしない。
その『大切な何か』がなんなのかを知るまでは。

テーマ:東尋坊 fin
inserted by FC2 system