352 島唄 New! 2006/06/01(木) 07:40:32.74 ID:AT7r5SiA0
('A`)「あー……マジ死にてぇ」

 そもそも修学旅行なんて行事を持ち出して、こんな暑いところに来る事自体がおかしいのだ。
修学なんて大層な言葉をつけながら、誰一人そんな素振りすら見せていないではないか。

 ドクオは募るイライラを全くの別方向に向け心の隅に吐き出しストレスを発散させていた。
一体何をそんなにイライラしているのかは彼を見れば一目瞭然で、自由時間だと言うのに
一緒にいろいろな場所を回る友人が居ないのだ。その為に暇潰しの道具を詰めた背中の荷物
は少し歩いただけで息があがるほどに重くなっていた。
 別に嫌われているというわけではなく、ただドクオは人に声を掛けることが苦手だった。話しか
けられてもその対応に戸惑い、会話が続かない。そんな日々を送るほどに彼はいっそう孤独に
なっていった。そんな彼にとってこんなイベントは、まさに地獄そのものであった。

('A`)「……ん? うわ、iPod充電切れちまった……」

 一人の世界を守るための機械もその力を失い、ドクオは諦めて近くのベンチに座りゆっくりと
外界にその意識を向け始める。ジリジリと肌を焼く太陽の光に目を細めながら今日泊まる部屋の
メンバーのことなどを考えていた。そんな彼の顔を優しく撫でるそよ風が吹いてきた時、先程まで
とは趣の違う音楽が耳の中に飛び込んできた。

353 島唄 New! 2006/06/01(木) 07:41:20.02 ID:AT7r5SiA0
('A`)「……歌?」

 どうせ一人で暇を持て余していた身だ、とドクオは歌の聞こえてくる方へと足を運んだ。

 歩くほどに辺りの木々がより逞しくなっていき、頭上に降り注ぐ光を和らげてくれて心地よかった。
そろそろ歩いている道も草むらに侵食されきってしまうというところで、急にその先に民家が見えた。
その軒先に少女が居た。

(*゚ー゚)「〜♪ 〜〜♪」
('A`)「……」

 ぶらぶらと片足を宙で往復させながら歌う少女を見て、ドクオは時が止まったかのように固まった。
年の頃は十二,三位だろうか。その小さな体から奏でられる透き通った歌を耳にし、風に乗って
香る草の匂いを嗅ぎ、一点の曇りも無く照っている太陽をその肌に感じると、ドクオはまるで自然と
一体になったかのような錯覚すら覚えるのだった。

(*゚ー゚)「……誰?」
('A`;)「え? あ、いや……」

 すっかり聞き入ってその身を隠すのを忘れていたドクオは、急に自分の世界に飛び込んできた
少女に困惑した。まだ受け答えの準備が出来ていない彼に、少女との対話は極めて困難であった。

354 島唄 New! 2006/06/01(木) 07:42:25.16 ID:AT7r5SiA0
(*゚ー゚)「汗、掻いてるね。待ってて、今飲み物持ってくるから」
('A`;)「え、あ、いや……」

 そんなに気を遣われても困るのだ。そんなことをされたら一緒に居る時間が長くなってしまって、
きっと彼はその息苦しさに窒息してしまう。かと言ってそのまま帰るような真似はとても出来ない
ので結局は軒先の辺りをウロウロしてしまうのだった。

(*゚ー゚)「はい、どうぞ」
('A`)「あ、スイマセン……」
(*゚ー゚)「あはは、変なの〜!」
('A`;)「え、あ、いや……」
(*゚ー゚)「ふふ、お兄ちゃんどんどん小さくなっていくね」

 少女の視線に耐えられずドクオが目を背けると、少女は何かしら呟いてまたあの歌を歌い始めた。
話している時とはまた違う声質が気になりドクオはチラリと横目で少女を見た。その横顔はとても綺麗で、
ぱくぱくと動くその唇を見つめながら、ドクオはただゆったりとその歌に耳を傾けた。


355 島唄 New! 2006/06/01(木) 07:43:31.91 ID:AT7r5SiA0
 少女が最後の一節を歌い終えると、ドクオは清々しい気持ちと共に別れのいいタイミングだと感じた。
いつまでもここに居るわけにもいかないのだ。歌を聞いている間に気持ちの準備は出来ていた。それ
でも、ふと最後に何か話をしてみたい、と思ったのは何故だったのか。とにかく何度も心の中で反復
したセリフを口から出してみた。

('A`)「いい歌だね」
(*゚ー゚)「うん! しぃのお母さんのお母さんの……とにかくすごいお母さんが歌ってた歌なんだよ」
('A`)「そっか。……あ、じゃあそろそろ行くね。ジュースごちそうさま」
(*゚ー゚)「また来てねー!」
('A`)「……うん」

 ドクオは少女ににっこりと微笑むと、踵を返し今来た道をゆっくりと戻っていった。背中からはすぐ
にまた少女が歌う歌が聞こえてきた。そこでドクオはふとバスの中で目を通したパンフレットを思い
出して取り出した。間違いなく、あの子の歌がそこには載っていた。

('A`)「島唄……か」

 気が付くと自然と少女の紡ぐメロディに合わせて口が開いていた。
 ――修学旅行も悪くない。
 そんな風に思い始めた頃、あんなに重かった荷物が何故か軽くなっていた気がした。



−終−


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