365 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:42:31.65 ID:CuVpdFdG0

幼いころ、僕の家では正月になると臼でもち米をひいていた。
その臼は、円柱型の石を横に真っ二つに割った形をした、いわゆる石臼と呼ばれるものだ。

その臼でひいたもち米でもちを作るのが、正月の恒例行事だった。

小さいころ、父さんがこの臼でもち米をひくのを何度も見た。
父さんの大きな背中が、ゴロゴロと低い音を響かせながら臼を回す。
その姿が、小さいころから僕の目に焼きついていた。

もちろん、何度か父さんに臼を回させてくれと頼んだことがある。
だけどその臼は重く、幼い僕には到底回せる代物ではなかった。


いつか、父さんのようにこの臼をまわせるようになりたい。

それが、僕の夢だった。


366 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:43:17.11 ID:CuVpdFdG0
だけど、父さんは僕が小学生のときに逝ってしまった。
大黒柱を失った僕の家庭は収入が極端に減り、泣く泣く家を手放すことになった。


「母さん、あの臼は持っていかないのかお?」

「ごめんね。 あれは持っていけないの」


すべてを取り払ったあの家で、母さんは寂しげにそう言った。
それから僕は、遠く離れた場所にある古い木造アパートで新たな日々を過ごすことになる。

そこにはとても臼など置ける場所はなく、臼は昔の家の庭に放置されることとなった。


367 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:44:53.58 ID:CuVpdFdG0
やがて幾年月が流れ、僕は大人になった。
成人式のとき、スーツで身を固めた僕を見て、母さんは

「父さんにそっくりね」

そう言って、とてもうれしそうに笑った。


そんな母さんも、数年前に他界した。

いつの日か、父さんとの思い出の詰まったあの家を買い戻し、母さんを住まわせてやる。
そこで、あの臼でひいたもち米で作ったお餅を母さんに食べさせてあげる。

そんな小さな親孝行も結局かなわずじまいで、
葬式の日、母さんの墓前で僕は一人泣いた。


368 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:46:12.94 ID:CuVpdFdG0
やがて僕にも愛する人ができ、守るべき分身も生まれた。

平凡で、暖かな家庭。

容易に手に入れやすそうで、実は手に入れがたいその幸せの中に僕はいた。


不満なんてなかった。
僕は世界一の幸せ者だった。

だけど、僕にはひとつだけ忘れ物があった。


そう、あの臼だ。


369 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:47:24.54 ID:CuVpdFdG0
機会は突然やってきた。
仕事の出張で、僕は昔の家のすぐ近くまで行くことになったのだ。

僕は出張先で一日有給をつけて、昔の家を訪れた。
そこには今はもう誰も住んでおらず、
荒れ果てた昔の僕の居場所が、寂しそうにたたずんでいるだけだった。


僕はいけないことだとは知りながら、そこに足を踏み入れた。
長年開けられることのなかった玄関が、ガラガラと音を立てて開く。


その音も、姿も、すべてが懐かしくて、
母さんの葬式以来、僕は数年ぶりに泣いた。


370 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:48:47.20 ID:CuVpdFdG0


「あの臼は、もう残ってないだろうお」


そう思いながら、僕は家の中から庭を見た。


「………」


僕は、絶句した。
そこには昔とまったく変わらない姿で、あの臼があったのだ。


372 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:50:54.85 ID:CuVpdFdG0
その臼の前に立って、僕はその臼を回した。
臼はゴロゴロと音を立て、回り続けた。


「僕も臼を回したいお!」
「お? ブーンもやってみるか?」
「うーん……!  重くて回らないお!
 こんな重いものを回せるなんて、父さんはすごいお!」
「ブーンも大人になったら回せるさ」


遠い日の記憶が、臼の奏でる音とともによみがえってくる。
あの日、あの時、確かに僕たちはここにいたんだ。

僕は、今は亡き父さんに向かって言う。



「父さん、僕もこの臼を回せるようになったお!」





374 ( ^ω^)が臼を回すようです New! 2006/10/04(水) 02:54:15.73 ID:CuVpdFdG0
それ以来、正月になると僕は家族を連れてここにくる。
もちろん、家主さんの了解はとってある。

そこで僕は、あの臼でもち米をひく。
そして、昔のようにこの臼でひいたもち米のお餅を食べる。


「お父さん、僕もこれを回したいよ!」
「おっおっお。 やってみるお」


そう言って、僕の息子は臼を回そうとする。
だけど案の定回らなくて、息子は僕に言う。


「うーん……!  重くて回らないよ!
 こんな重いものを回せるなんて、お父さんはすごいや!」


そして僕は、息子に向かってこう言うんだ。



「お前も、大人になったら回せるお」




おしまい


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