118 怠け ◆AnCRuIzuDs New! 2006/09/14(木) 23:53:00.81 ID:vp2OjSw00
お題:ストレス、嘘つき、ヒャダルコ、くそったれ、ドナー、釣り、たこやき

 真夜中。
 町外れの廃工場に、一組の男女が居た。
「……とんだ嘘吐きだったね、内藤は」
 女は、錆びたパイプ椅子に縛り付けられた男を見て、そう言った。
「ツン……ご、ごめん、だお」
 口から粘り気の有る血を溢しながら、男――内藤ホライゾンは返す。
 Yシャツの襟元は乾ききっていない血に汚れ、足元には数本の歯と爪が落ちていた。
 椅子に縛り付けられた両手に、爪は一枚も残っていない。
「ごめんで済むと思ってるの? 」
 女――ツンはつかつかと歩み寄り、右手に握ったスパナを振りかぶると、
「この――人殺しっ!! 」
 叫んで、内藤の腹に叩き付けた。
「ぐぼう……っぶ」
 形容しがたい呻き声を上げて、内藤は前のめりになりながら、血と胃液のカクテルを吐く。
 吐瀉物特有の饐えた匂いが漂い、鉄錆の匂いが一層強くなった。

119 怠け ◆AnCRuIzuDs New! 2006/09/14(木) 23:54:39.21 ID:vp2OjSw00
「ぶはっ……ご、ごわ、怖かったん、だお」
 涙と鼻水を流しながら、息も絶え絶えに、内藤は喋り始めた。
「僕だっで、最初は、ほんっ、本気だったんだお」
 その様子を、ツンはただ、冷たい目で見ていた。
「でも、その時になっで、死に」
「――死にたくないって、思ったわけ? 」
 抑揚の無い口調で言葉を継いだツンに、内藤は何度も頷く。
 その様子は同意や肯定というよりかは、懺悔を繰り返す死刑囚のようであり、まさしく、内藤の現状は『そう』だった。
「お父さんだって、きっとそうだったのよ? 」
 僅かに肩を震わせて、ツンは続ける。
「死にたくない、死にたくない、助けてくれって思ってた筈なのに」
 ツンの声にも、震えが混じりだした。
 スパナをゆらりと振り上げると、
「それを……あんたが裏切ったから!! 」
 スパナを内藤の左肩へ、もう一振り。
「ぎゃああああああああああああああっ!! 」
 骨が砕かれ肉が叩き潰される、くぐもった破壊音。
 次いで、文字通り喉から搾り出す様な、内藤の絶叫。
「怖い?誰だって死ぬのは怖いわ。 でも、私はあんたを信じてた」
椅子が倒れ、激痛に体を痙攣させながら、内藤はのたうち回る。
ツンはその様子を見つめながら、涙を零し、頬を赤らめて続けた。
「いざとなったら、自分が自殺してでも、僕の心臓をお父さんにあげるって、そう約束したのに」
床に転がった内藤の腹へ、蹴りを一発。


121 怠け ◆AnCRuIzuDs New! 2006/09/14(木) 23:55:56.73 ID:vp2OjSw00
「釣りのつもりだったの? どんどん病状が悪くなってくお父さんと、ストレスでおかしくなっていく私を、嘲笑ってたの? 」
涙が、埃に塗れたコンクリートの床に、点々と落ちる。
「僕はっ……そんな……つもりじゃ……かはっ、ぐ」
 血の混じった咳をしながら、脂汗を額に浮かべて、内藤は弁明する。
 ――――が、
「もういい、くそったれ」
 返ってきたのは許しの言葉ではなく、最大限の憎悪を込めた罵倒と――
 内藤の頭蓋に向けて振り下ろされた、鈍色の風切り音だった。

123 怠け ◆AnCRuIzuDs New! 2006/09/14(木) 23:56:44.25 ID:vp2OjSw00
 数時間後。
 工場の床にツンは、ぺたんと座り込んでいた。
 いわゆる女の子座りの姿勢で、工場の崩れかかった屋根から差し込む月明かりを浴びながら、座っていた。
 両手には、数時間前までは脈打っていただろう赤黒い肉塊を、大事そうに抱えて。
「……ふふ、これで、お父さんを助けられるよ」
 背後の闇には、胸を裂かれた内藤の遺骸が、虚ろな目をして横たわっていた。
「あ、どうしよう。氷とか持ってくるの忘れちゃった。 このままじゃ、せっかく内藤がくれたのが腐っちゃうね」
 ツンの目もまた、虚ろ。
 生気と正気を失った、抜け殻のような眼。
「そうだ、あれを使えばいいんだ――ヒャダルコ」
 呪文を唱えても、何も現実は変わらなかった。
「ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ! あれ、おかしいわね」
 時も心臓も凍る事は無く、進む時間に従い、手の中に包んだ臓も鮮度を失っていく。
「内藤の持ってたゲームじゃ、これで氷が出せたのに……」
 出るはずも無い。
「ねえどうなってるのよ、内藤!! ねえ! ちょっと! 」
 背後の遺骸に文句を言っても、それが答える筈も無い。


124 怠け ◆AnCRuIzuDs これで 糸冬 New! 2006/09/14(木) 23:57:33.67 ID:vp2OjSw00
 ツンは暫くの間、無言の内藤を見つめていたが、
「全くあんたって、肝心な時に役に立たないんだから」
 仕方なさそうにため息を吐いて、立ち上がった。
「運動したらお腹空いちゃった」
 膝に付いた埃を手で払うと、内藤へ再び視線を戻す。
「内藤、あんたこの前、美味しいたこ焼き屋さん見つけたって言ってたよね? 一緒に行ってあげるから、さっさと起きなさいよ」
 骸は動かない。
「べ、別に私が行きたいわけじゃないわよ? あんた一人で行くと、絡まれたり財布落としたりとかするでしょ? 馬鹿! 心配してるわけじゃ……」
 狂ってしまったツンには、もう何もわからない。
 父はもう死んでいた事も、内藤は二度と動かない事も。
 恋人から奪った心臓にもはや意味など無い事も、壊れたツンには何一つ理解出来なかった。


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