62 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:48:53.52 ID:EMAIv6In0
殺伐としそうだから、短編を投下してみる

僕は水族館が好きだ。
薄い墨を溶かし込んだような室内。一面ガラス張りの壁の向こうには沢山の色取り取りの魚。
その閉鎖的な空間に入ると僕の心はとても安らいだ。

(´・ω・`)「……」

平日の水族館は空いていた。
時計を見ると、時刻はまだ昼と呼んでも良い時間を指している。
けれど街中の喧騒はここまでは届かず、心地よい静寂だけが辺りを満たしていた。
と、言ってもここから街までは少し距離が有るのだけれど…。
僕は一つの水槽の前に座っている。
中には地味な魚が泳いでいた。
その水槽は人気が無いらしく、水族館の端の方にひっそりと立っていた。
僕の目線は目の前の水槽に向いていたが、何も見ていない。
ただぼんやりと時間を潰していたのだ。


65 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:49:30.40 ID:EMAIv6In0
学校をサボった理由は特に無い。
あるとすれば、いつから有るのかわからない、
気付いた時には既に有った夕闇に似た暗い気持ちのせいだろう。

なぜか、水族館を見たら僕は誘われる様に入ってしまった。
入場券を買った後、登校中である事を思い出し僕は少々慌てた。
だが、折角なのでと水族館の中を見て回る事にしたのだ。
そして今に至る。

川 ゚ -゚)「すまない、横を良いかな?」

突然声を掛けられた。

(´・ω・`)「…どうぞ」

川 ゚ -゚)「ありがとう」

隣に座った女は僕と同い年か少し上らしく、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
しかし、顔にはどんな表情も浮かんでおらずマスクをしているみたいだった。


67 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:50:32.67 ID:EMAIv6In0
ベンチはここ以外にも多く有るのに態々僕の隣に座る意味が解らない。
一人の静けさを邪魔された事に少しイライラした。
僕は一人になりたかったから、席を立とうかと思った。
しかし、それではあからさま過ぎる。
中々良い案は浮かばず、気の小さい僕は席を立つ事が出来ないでいた。

それから時間だけが水槽の前を過ぎていった。
相変わらず女は横に座り続けている。
独りの時の静けさは心地よいのに、二人の時は重く圧し掛かってくるのはなぜだろう。
横の人物は赤の他人。
それなのに僕は緊張していた。

(;´・ω・`)「…………」

見られている。
僕は先程から物凄い視線を感じていた。
痛いほど、との表現は的を射ていると思った。
僕は少し怖かったが、女性の方をちらりと覗き見た。


68 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:51:16.68 ID:EMAIv6In0
( ゚д゚ )「……………」

目が合った。

(´・ω・`)「こっち見んな」

川 ゚ -゚)「すまない。君が中々の美形だから見惚れていたのだ」

(;´・ω・`)「……」

川 ゚ -゚)「どうした?感動で言葉も出ないか」

(´・ω・`)「ぶち殺すぞ」

川 ゚ -゚)「すまない。冗談だ」

何なんだ…この馴れ馴れしい女は?
はっきり言ってウザかった。
しかし普段から表情を出す事が少ないため、それは表に出る事は無い。


69 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:51:53.44 ID:EMAIv6In0
(´・ω・`)「何か用ですか?」

川 ゚ -゚)「別に用なんか無いが……まぁ、強いて言えば暇だから少し付き合ってもらいたい」

(´・ω・`)「………」

新手の宗教勧誘だろうか?
ほいほい付いていけば貸しビルの二階に連れ込まれ監禁されサインをするまでそこから出られな――

川 ゚ -゚)「――い。なんて事は無いから安心してくれ」

(´・ω・`)「…頭の中を読まないでください。つーかどうやって読んだんでs――」

川 ゚ -゚)「細かい事は気にするな。では行こうか」

(;´・ω・`)「へ?どこへ?」

川 ゚ -゚)「だから少し付き合ってもらうと言っただろう?」

(;´・ω・`)「まだ付き合うとh――」

川 ゚ -゚)「ほら行くぞ」

女は僕の言葉を遮ると、僕の右肘の間接を極めながら出口へと向かった。

(;;´・ω・`)「ちょっ痛たたたっただだっだddっだあだだああああぁぁぁぁ……」


71 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:53:05.73 ID:EMAIv6In0
十五分後、少し涙目の僕がいたのは、小高い丘の上だった。
目の前には海が広がり、空と海の境界は彼方に融けあっている。
十七年間この街に住んでいたが、こんな場所がある事は知らなかった。

僕は物事に関して無感動な方である。
二十四時間テレビのサライで泣く奴らは頭に何が詰まってんだろう?とすら思う。

そんな僕だけど、この景色には圧倒された。

(´・ω・`)「・・・凄いなぁ……」

川 ゚ -゚)「どうだ?私に付き合ってみて正解だったろ?」

(´・ω・`)「腕の痛みがなければもっと良かったんですけどね」

川 ゚ -゚)「大丈夫だ。じきに快感にかわるさ」

(´・ω・`)「ねーよwwwwww」

川 ゚ -゚)「ようやく笑ったな」

僕はいつの間にか笑っていた。
久し振りに、楽しい。と思える時間を過ごせた気がした。

72 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:54:06.23 ID:EMAIv6In0
(´・ω・`)「……あの、なんで僕に話しかけたんですか?」

川 ゚ -゚)「別に深い理由なんか無いさ。ただ、君を見た時に古い友人を思い出したんだ」

(´・ω・`)「………」

川 ゚ -゚)「あいつも今さっきの君の様にいつもブスッとしていた。
     面白ければ笑い、悲しければ泣く。
     嬉しければ喜び、不幸が訪れたら悲しむ…。
     そんな当たり前の事を彼女は、できなかった。
     感情を表に出すことが苦手だったんだ」

彼女の声は透き通っていた。
しかしその響きは少しだけ悲しみを含んでいるように聞こえる。

川 ゚ -゚)「そんなことだから彼女には友人が少なかった。
     でも、逆に言えば少しは居たんだ。
     良い奴らだった……
     彼らは良く彼女を色々な所へ連れて行った。
     皆、彼女の笑う所が見たかったのだ。
     けれど、長年偽っているとその内本当に笑えなくなるらしくてな……
     彼女は既に表情を失くしてしまっていたんだ」


73 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:55:57.26 ID:EMAIv6In0
風の音が聞こえる。
心境のせいだろうか、僕にはその音すら物語の彼女を哀れんでいるように思えた。
風が僕らの周りを吹き抜ける。
悲哀もその風と交わり、蒼く輝く海へと流れていく。

川 ゚ -゚)「彼女は深く悲しんだ。
     それと同じ位、彼女は後悔した。
     そりゃそうだ、誰だって自分から感情が抜け落ちるなんて想像だにしない。
     しかも病気とかで消えたんなら兎も角、自分の臆病な性格が原因。
     彼女の悲しみには、もう目も当てられなかったよ……」

(´・ω・`)「…………それで…彼女はどうなったんですか?」

振り向いて彼女の方を見ながら僕は尋ねた。
彼女の顔には何も表情は浮かんでいなかった。
ただ、その瞳の中には海の蒼が悲しそうに映りこんでいた。

川 ゚ -゚)「死んだよ。……入水自殺…」

(´・ω・`)「………」

川 ゚ -゚)「余程悩んでたんだろうな……書置きも何も残さず…
     もしかしたらノイローゼだったのかもしれない………」

(´・ω・`)「………」

74 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:57:02.98 ID:EMAIv6In0
僕らの間には長い沈黙があった。
その沈黙は、彼女への黙祷でもあった。
風は凪いで、海は静かに寄せては返す。
やがて日が傾き始め、空が紅く染まり始めた。
それと供に、海の色も染まり始める。
僕には矢張り、空と海の境界線は見つけ出せなかった。

彼女の目を見る。
彼女は僕の目を見返す。
既に空一面は紅に焼け、辺り一面も同じ色に焼かれていた。
彼女の目は、空と同じ紅に染められていた。
多分、僕の目も同じ様に、空を映しているのだろう。

川 ゚ -゚)「…そろそろ行かなくては」

彼女は、そういうと右手を僕に差し出した。
僕は、その手を握り、彼女に名前を尋ねた。

私の名前はクーだ。

矢張り、目だけに悲しみを灯し、彼女は答えた。

76 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:58:51.97 ID:EMAIv6In0
その目の内の光に触れて、
気が付いたら僕はクーを抱きしめていた。
腕の中で、彼女の存在感が薄れていくのがわかる。
僕はたまらず彼女を見た。

彼女はそんな僕を見て微笑んだ。
綺麗な笑顔だった。
最後は笑って別れたい。
そう言われた気がして、僕は無理して笑顔を作った。


素敵な笑顔ですね。
おめでとう。


ふと気が付くと、そこはあの水槽の前だった。
魚は相変わらずつまらなそうな顔で泳いでいる。
僕は水族館を後にした。
空は、夕焼けの紅から夜の青へと変わっていた。


79 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2006/09/07(木) 18:59:27.40 ID:EMAIv6In0
あの日から随分と月日は経つが、あの日の光景は忘れる事はない。
何度かあの場所を探そうとも思ったが、思い出を汚してしまいそうで結局探す事はなかった。
あれから何度も夕焼けを見た。
だがしかし、あの日の夕焼けの色と同じ物はない。

クーの事を思う。
そして、彼女の笑顔を想う。

彼女は今もどこかであの時の夕日色に染まっているのだろうか
そして微笑んでいるのだろうか

僕とクーはもう出会う事はないだろう。
しかし、空と海の境界線は彼方に交じり合っている。

それと同じ様に、今も僕とクーはどこかで繋がっている事を願い、
僕は今日も紅に染まる空を眺めた。

      fin
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