22 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/07(木) 16:58:53.68 ID:0IwWxxYZ0
潮の香る海岸で、僕はただ海を眺めていた。
黄昏色に染まる世界がただ美しくて、寄せては返す波の音が優しく繰り返すここで。
砂浜に腰を下ろし、ただ波打つ海と夕焼けを眺めていた。

夕焼けって、何処か哀しくない?

隣に腰掛ける彼女がそう言った。
僕はわずかに首をかしげて、次の言葉を促す。
彼女は、風船の空気を静かに抜くように言葉を漏らしていく。

日が昇って、正午まで上り続けて、それからゆっくり降りていって、沈んでいくじゃない
それから夜が来て、日が昇るまでの大体10時間かそこらまでずぅっと暗いまま。
私はね、夕焼けは、一日の死を告げる時報か何かなんじゃないかって思うわけよ。

死の時報?

そう。日が昇って、沈むまでが生で、夜の間世界はきっと死んでいるの。
だから、世界がいない間…つまり夜は静かなんだと思う。
だから、その静けさを紛らわせるために、きっと人は夜を騒音で満たすんだと思う。
生きている間は死にたくないし、自分たちは生きているんだって、言い聞かせたいんだと思う。
で、世界が生きている昼と世界が死ぬ夜の境目である夕焼けは、
終わりを告げる時報みたいなものだから、私は哀しいと思うの。

いつになく饒舌だねと指摘したら、彼女は顔を真っ赤にして砂を投げつけてきた。
服の中にいっぱい入って気持ち悪い。口に入ったり髪に混ざったりしたので、
後でシャワーを浴びないとねとか言ったら今度は体中の穴という穴を砂でふさがれそうだったから何も言わない。
潮騒と鳥たちの鳴き声以外に、僕たちがはしゃぐ音だけが周囲の空気を振るわせる。

23 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/07(木) 16:59:55.48 ID:0IwWxxYZ0
僕はそうは思わないね、と、先ほどの彼女の言葉に答えてみた。

彼女は不機嫌そうに頬を膨らませて、じゃあどう思うのよなどと挑発的に尋ね返してきた。
その仕草にちょっと微笑ましさを感じたから、微笑を混ぜつつ、想った事を口にする。

僕はね、この夕焼けの紅を見ていると、何処か優しくなれるんだ。
…んー、違うね、優しくなるのとは、ちょっと違う。
そう。羨ましくなるってのが、近いかな。

羨ましい?

うん。さっき君が言ったみたいに、世界は日の出と共に生まれ、そして日没と共に一度死を迎える。
けれど、夜が明ければまた太陽は昇ってくるでしょ?
そのためには、一度太陽が沈んで夜にならないと、朝が来ない。
ずっと昼だと朝にはならないんだよ。太陽昇ったままだから。

耳朶を打つのは潮騒。
肌を冷やすのは心地よく涼しい海の風。
僕は目を細めて、少しずつ地平線に消えてゆく朱色の太陽を見つめながら言葉を続けていく。

昔誰かが言っていた。
どうして楽しい時間は終わってしまうのか。どうして悲しいことや嫌なことがやってくるんだろうか、って。
そして聞かれた誰かはこう答えた。
楽しいことを楽しいと想い続けるためだ、って。
またやってくる楽しいことを迎えるためだ、って。
そのためには、時々悲しいことや嫌なことを経験したほうが、より楽しく感じられるから。
そういうのも全部ひっくるめて、生きるって言うんだと思うから。

24 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/07(木) 17:01:50.94 ID:0IwWxxYZ0
だから、もう一度生まれるために、世界はきっと毎日死ぬんじゃないかな。
明日笑っていられるように。
明日また心から笑えるように。
そのために、一度サヨナラするんだよ。
夜に一人で眠って、明日皆にオハヨウって言うために。
…世界は、それを誰かに言われたわけでも無いだろうに、できるからさ。

それが、最初のうらやましいってのとどう繋がるの?

言葉に詰まってしまった。
言おうとしていたことがあまりにもストレートだなって思ってしまって、
でも、何故か、そこでやめようとは思わなかった。
寄せては返す波の音と、ほんの少し肌寒い風と、さっきよりも朱の度合いを増した世界の中で、
僕はドモりながらもその言葉をちゃんと口にしてみた。

だからさ、えっと、その…、た、大切な人と昼も夜もずーっといたいなぁって思ってしまう僕とは違って、
そういう事が、ちゃんと、一度別れてまた明日会える世界が、ちょっと、ね? うん。羨ましいな、と。

僕は気恥ずかしくなって思わずそっぽを向いてしまったが、おそらく彼女も…ツンも、気付いてしまっただろう。
少しずつ夜の闇が染み出しつつある中、心なしか僕らの周囲の気温は2,3度上昇したような気がする。
耳まで暑いし、やたら汗が滲むし、顔に至ってはそのまま炭にでもなりそうな温度になっていると思う。
ただし僕に自己陶酔の気が無いのであれば、
ほんの少し覗き見たツンの顔も赤くなっていたように見えたのは多分気のせいではないだろう。

26 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/07(木) 17:03:31.45 ID:0IwWxxYZ0
なっ…な、何わけのわかんないこと言ってんのよっ!!

闇の中で、ツンが顔を背けたのがわずかに見えた。照れ隠しだろうとわかってしまう自分が少しだけ嫌になった。
そのツインテールがふわりと揺れ、視線をあらぬほうに向けてなにやらぶつぶつ悪態をついている。
…けれど、それも、いいと思う。

すっかり日が沈み、あたりが暗闇に席巻される。
ただ潮騒と潮風だけが僕たちを包んでいる。

また明日も、こうして静かに二人でいることができるはずだと、僕は信じている。
彼女もきっと同じ事を想っていると、信じたい。

太陽はまた明日も昇るのだから。
この夜は、この静けさは、きっと明日の暖かさや優しい賑やかさに繋がっているはずだから。

だからどうか、嘆かないで。
死は確かに寂しいけれど、夕焼けはこんなにも愛おしいから。
それと同じだけ…いや、それ以上に、何かに想いを馳せる君が愛おしいから。

君が想うほど、世界は、きっと哀しいだけのものじゃないよ。ツン。

だから、僕も、もう少しちゃんと笑えるようになりたいな。

哀しくも優しい潮騒が、変わらず僕らを包んでいた。
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