300 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/03(日) 01:22:24.95 ID:0YtjzQMA0

無防備な横腹を蹴られ、その苦痛に朦朧とする意識が戻った。
あまりの痛みに呼吸さえ儘ならない。
不愉快な笑い声が耳に響く。

「いい加減に疲れたから、そろそろ金だしてくんね?ドッくん」

「ふざけるな」と呟いたつもりだが、ちゃんと声になっていたか分からない。
気を抜けば、また失ってしまいそうな意識に、俺は唇を噛んで耐えた。

「さっさと金さえ出せばこんな殴られることもなかったのにねー」

揶揄うような口調で、俺の顔を覗くこの顔に何度殺意を感じたか分からない。
畜生、俺が何をしたっていうんだ。
思わず流れた涙を拭おうともせず、ただ俯く。

「あらら、泣いちゃったよドッくんー。仕方ないから今日はこの辺で止めてやるよ」

そろそろ飽きたのだろうか。
奴は勝手に俺のポケットを弄り財布を取り出した、いつものように。

―――この悪夢はいつまで続くのだろうか


301 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/03(日) 01:23:20.24 ID:0YtjzQMA0

長い間、酷使された身体はまだ思うように動かず、諦めてずるずると座り込んでしまった。
近頃やけに慣れてしまったこの痛みに、俺は音もなく溜息を吐く。

「本当に俺ってなんの為に生きているんだろう…」

自嘲するように吐き出された言葉は少し、震えていた。
ああ、俺って随分涙もろくなったもんだ。

また財布取られちゃったな。
そういえば、まだ3000円ぐらいあったっけ。
小遣い貰う日でもないのに、カーチャンがおいしいモノでも食べろ、ってくれた金。
俺も馬鹿だよな。結局奪われるのに何で貰ったんだろ。

本当に、馬鹿だよなぁ

くつくつと自然に口から漏れる笑い声。
何が可笑しいんだろう。何が面白いんだろう。

「……ははは」

――――ああそうか。もう、諦めたのか。


302 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/03(日) 01:24:33.62 ID:0YtjzQMA0

「カーチャンただいま」

身体を引き摺るようにして家に着き、カーチャンに傷の事をあれこれ聞かれたが、無視する。
部屋に入った俺は、そのまま倒れるようにして寝転ぶ。

こんな日を今までどれほど繰り返したんだろう。
すでに、回数は両手の指を越えた時点で数えるのをやめた。
自分を傷付けるだけだとわかったていたからだ。

「……っ」

それ以上何も考えたくなくて、机に目を向ける。
色々と散らかしたまま片付けていなくて、少し汚い。
読みかけの漫画 シャーペン 買った日から、もう半分ぐらいなくなった消しゴム。
そして――――やけに俺の目を奪ったのが、カッターナイフだった。

無意識にそれを手に取り眺めた。

昔から学校で使っていて、よく手に馴染んだこれ。
いつもなら軽く感じるこの重さが、今はとてつもなく重かった。

「………リスト、カット」


305 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/03(日) 01:26:46.27 ID:0YtjzQMA0

あまり詳しい事は知らないが、刃物で自分の身体を傷つける行為。

「……痛いのか?」

ゆっくりと少しだけ、薄く手首を切ってみた。
真っ直ぐに引かれたそれは、赤い血が少し滲んでいる。
思ったよりも痛くない。

高鳴る心臓を押さえ、ブルブルと震える手でもう一度同じ場所に刃を当てながら、
俺は世界の全てを拒絶するように、きつく目を閉じた。
そして――――

「……っぁあ」

手首に鋭い痛みを感じ、思わず俺はカッターナイフを落とした。
そしてそれの後を追うように溢れ出す、赤く鮮やかな血。
想像していたより、ずっと血の量が多い。

だが、それはまるで俺の苦しみを吐き出しているみたいで、

「あったかいなぁ」


まだ止まらない血を見つめながら、俺は静かに微笑んだ。


357 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2006/09/03(日) 02:47:43.85 ID:0YtjzQMA0
>>305の続き


それから何も変わらぬ、似たような日が続いた。

俺はいつものように意識が2・3回飛ぶぐらい殴られ、
いつものように金を取られた。
取られるのを分かっていながらも持っていくのは、無かった場合、更に殴られるから。

そして、この行為も当然のように、俺の中で日常化してしまった。

目を瞑り、カッターナイフを握りしめる。
そして、それ以上の世界を遮断したらすでに準備は整った。
痛いだの、怖いだのという感情はもうない。こんな幸せそうな顔をして、何を今更。
すっかり俺は歪んでしまった。

傷跡でボロボロになった手首を見つめるだけで、心が満たされてしまう。
リストカットで俺自身の「痛み」が麻痺しつつあるようだ。
この「痛み」とは、病気や傷などによる肉体的な苦しみではなく、要するに精神的な痛み。

「本当に?」

自分自身に問いかけたその声は、すぐに小さな嗚咽で消されてしまった。



終わり

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