761 722 New! 2006/08/08(火) 02:23:46.69 ID:rj/qbZ7J0
駅に来た。普段私は外に出ない。
腰が痛くて歩くのも辛いし夏の日差しは皺の刻まれた肌を焼き付けてくるから。
今日は用事が会って駅に来た。その用事までまだ少し時間がある。
私はベンチを探した。駅前の人がごった返した道でベンチを探した。
40年ほど前からこの駅の前には一つだけベンチがあった。
そこが私のお気に入りの場所でもあった。
ここに来たときは必ずといって良いほどそこに座って景色を眺めたものだ。
そう、40年間ずっと。私はその場所に歩み寄った。
だがしかしそこにあるのは大きな噴水が一つ在るだけだった。
確か以前はこの辺りに私の好きなベンチがあったはず・・・。
しかしそんなものは見当たらなかった。
そこにあるのは綺麗な水しぶきを上げて水面を揺らめかす噴水唯一つだ。
こんなものがこんな所にあったことを私は知らない。

762 722 New! 2006/08/08(火) 02:24:27.15 ID:rj/qbZ7J0
私は道を歩いていた私と年もそう変わらないであろう見知らぬ男に尋ねてみた。
「ここに噴水なんていつ出来たんですか?」
見るからに親切そうな顔をした男は笑って答えた。
「あぁ、ここ最近ですよ。出来てから半月も経ってないんじゃないですかねぇ」
私は重ねて尋ねた。
「それじゃあ、ここにあったベンチがどこに行ったか知りませんか?」
男はなにやら不思議そうな顔で私を見て言った。
「さぁ、分かりませんが・・・工事が始まった頃にはもう無くなっていたんじゃないでしょうかね」
普段私は外に出ない。年を取るにつれて外に出る回数が次第に減っていった。
「そう・・・ですか。いや、どうも、ありがとうございます」
私は質問に答えてくれた男に一礼して分かれた
もうどれくらい振りだろうか、外に出たのは。
少なくともその噴水の工事をしているところは見たことが無かった。
私の知らぬ間に無くなってしまっていたのだ。
老い耄れ、歩くことすら怠けていた間に、私は自分の大切なものをなくしてしまったようだ。

763 722 New! 2006/08/08(火) 02:25:07.95 ID:rj/qbZ7J0
〜〜〜〜〜40年程前〜〜〜〜〜

私はそのベンチに座って女性を待っていた。

(;^ω^)(ドキドキ・・・)

大学生であった私はその日産まれて始めての・・・今で言う「デート」とやらの約束をしていた。

(;^ω^)(津村さん・・・ちゃんと来てくれるかな?)

「日曜日の午後00時、駅前のベンチで待ってます」
そういって私は秘かに思いを寄せていた女性を誘った。

764 722 New! 2006/08/08(火) 02:25:34.06 ID:rj/qbZ7J0
私は落ち着かない様子でベンチで通り行く人を眺めていた。

ξ*゚听)ξ「あ・・・あの、内藤くん?」

(;゚ω゚)「はっっっはいっ!!!!」

後ろから津村さんが声をかけてくれたっけな

ξ*゚听)ξ「ゴメン、待たせちゃったかな?」

( ^ω^)「ぜ、全然待ってないお!今来たとこだお!」

ξ*゚听)ξ「ほ・・・ほんとに?」

( ^ω^)「ほんとだお」

ξ*゚听)ξ「そっか・・・ぇと・・・モジモジ」

(*^ω^)「モジモジ・・・ちっ近くに美味しいランチが食えるところがあるからまずそこに行くお!」

ξ*゚听)ξ「あ、うん。私ちょっとお腹空いてたんだぁ」

( ^ω^)「今日は僕が奢るお!」

765 722 New! 2006/08/08(火) 02:26:00.24 ID:rj/qbZ7J0
それから何処へ言って何をしたか、あまり覚えてはいない。
公園に行った記憶がなんとなくあるが、それも曖昧だ。
その日は緊張していたせいでもあるかもしれない。

ξ*゚听)ξ「今日は誘ってくれてありがとう」

私達は待ち合わせのベンチに二人で夜空を眺めながら座っていた。

(*^ω^)「いっいやぁ、こちらこそ、楽しかったお」

ξ*゚听)ξ「また・・・誘ってくれる?」

(*^ω^)「へ?」

ξ*゚听)ξ「あの・・・駄目・・・かな?」

(*^ω^)「さっ誘うお!ま、また二人の都合がいいときに!」

ξ*゚听)ξ「ほんと?やったぁ!」

766 722 New! 2006/08/08(火) 02:26:46.03 ID:rj/qbZ7J0
帰りは私が彼女を送ってあげたっけ。その日からほとんど全ての日曜は彼女と過ごした。
相変わらず待ち合わせは駅のベンチだった。
駅前にはベンチが一つしかなかったから分かり易い目印になった。

ξ ゚听)ξ「だ〜れだっ!?」

(⊃ω⊂)「ぅおっ!?ツンw何するおww」

ξ ゚听)ξ「え〜〜早〜い。何で分かっちゃったのブーン?」

( ^ω^)「分かるに決まってるおww」

そして「デート」の終わりはそのベンチで過ごした。

ξ ゚听)ξ「ねぇブーン」

( ^ω^)「なんだおツン?」

彼女が私の肩に寄りかかりながら言った。星の綺麗な夜だった。

ξ ゚听)ξ「私、明後日に、引っ越すことになったの」

767 722 New! 2006/08/08(火) 02:27:20.89 ID:rj/qbZ7J0
(;^ω^)「・・・・・・・・・・え?」

突然・・・あまりにも突然の別れだった。

ξ ゚听)ξ「ごめんなさい、父さんの仕事の都合で」

( ^ω^)「誤らなくていいお。仕方ないことだお」

辛かった。本当は君を抱きしめてあげたかった。でも何故か出来なかった。

ξ ゚听)ξ「見送りには・・・来ないで欲しいの」

(;^ω^)「ど、どうして?」

ξ ゚听)ξ「ブーンに来られたら、私、ここを離れられなくなっちゃうかもしれない」

(;^ω^)「・・・・・」

ξ ゚听)ξ「お別れはここでしましょ」

( ^ω^)「う・・・うん」

ξ ゚听)ξ「それじゃあね、ブーン」

( ^ω^)「うん、じゃあ」

ξ ;凵G)ξ「さようなら」

そういうと彼女は僕に送らせることも無く走って帰っていってしまった。
暗くてよく見えなかったが声で分かった。ツンは泣いていた。

768 722 New! 2006/08/08(火) 02:28:11.03 ID:rj/qbZ7J0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私は重い腰を噴水の際に落とした。

あの頃、私達はあのベンチで始まり、あのベンチで・・・
もう戻らないあの甘酸っぱい経験は今でも忘れることはないだろう。
『諸行無常』当然のことだ。形ある物いずれは滅びる。
しかし私は知っている。今も昔も決して変わらぬもとがあることを。
おっと、そうだ。私はこんなところで感傷に浸りに来たのではない。
今日は用事があって駅に来た。ん?そういえばどんな用事だったか・・・

「あなた〜!そんなところにいらしてたんですか。こっちですよ!早く来てくださいな!」

向こうから妻の声がする。そうだ、妻の買い物に付き合う約束をしていたのだ。

「あぁ。今行くよ、ツン。」


〜〜〜〜〜END〜〜〜〜〜

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