216 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 1/18 New! 2006/08/11(金) 17:26:55.00 ID:iqO0QSUE0
(´・ω・`)「……闇鍋? ピクニックなのに?」


僕は思わずきょとんとして、聞き返してしまう。


 川 ゚ -゚)「鍋そのものじゃない、闇鍋みたいなもの、だ。つまりだな……」


彼女は顔色ひとつ変えずに言葉をつむぐ。
ついついその滑らかに動く唇に目を奪われて
僕はまた話を聞き逃してしまいそうになったけど、
いくら彼女でも3回も4回も聞きなおされたら機嫌だって悪くなるだろう。
だから、僕はちゃんと彼女の言葉に耳を傾けた。

……ただ、今度は彼女の声に魂を奪われそうになったのだけれど。


217 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 2/18 New! 2006/08/11(金) 17:27:37.23 ID:iqO0QSUE0
(´・ω・`)「ええと、つまり、パンにはさむ具を持ち寄るってことでいいのかな」

 川 ゚ -゚)「ああ。そして、お互い持ち寄る具は1種類だけ。多すぎると本当に闇鍋になってしまうからな」

(´・ω・`)「うん、分かった」

 川 ゚ -゚)「それじゃあ、日曜日、公園に10時集合で」

(´・ω・`)「うん」

 川 ゚ -゚)「楽しみだな」


そう言った彼女の表情は、でも、普段と全く変わらないままだった。

……本当に楽しみにしているのかな?

218 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 3/18 New! 2006/08/11(金) 17:28:43.20 ID:iqO0QSUE0
それから僕は、一生懸命考えた。

何を持っていけば彼女に喜んでもらえるのだろうか。
何を持っていけば彼女に嫌われずにすむのだろうか。

けれど、どれだけ考えてもいいアイディアは浮かんでこない。

……そりゃそうだ。

だって僕はこれまで両親以外の誰ともろくに会話もしてこなかったんだから。
だって僕はこれまで自分以外の誰の気持ちも考えたことがなかったんだから。


(´・ω・`)「はぁ……」


だから、あの時の彼女がどうして僕に話しかけてきてくれたのかもよく分からない。
そして、あの時の僕がどうして彼女と話をすることができたのかもよく分からない。

窮屈な思いをしてようやく体をもぐりこませることができる程度の
自分のスペースを確保することが精一杯な僕にとって、他人なんてただ怖いだけだったのに。


(´・ω・`)「はぁ……」


本日数十回目の、人生通算数万回目のため息をついてから、僕は考えるのをやめた。

219 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 4/18 New! 2006/08/11(金) 17:29:23.45 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ -゚)「すまない、待たせてしまったかな」


「良く晴れた、とても気持ちのいい」としか表現できない日曜日、
待ち合わせ時間の20分前に、彼女は待ち合わせ場所にやって来た。
多分今日のブランチが入っているのであろう、バスケットを片手に下げて。


(´・ω・`)「ううん、僕もついさっき来たばっかりだったから」

 川 ゚ -゚)「そうか、なら良かった。それじゃあ行こうか」


ほんの数分前にここに着いたばかりだった僕は、素直にそう答えた。
彼女は僕の言葉が嘘であるなどとはこれっぽっちも思っていない風で、すたすたと歩き出す。

……まあ実際、僕は「上手に嘘をつく」などという技術は持ち合わせてはいないのだけれど。

ともあれ、僕は慌てて彼女の後を追った。

220 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 5/18 New! 2006/08/11(金) 17:31:34.13 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ -゚)「この辺りが具合が良さそうだな」


公園を奥へ奥へと歩くこと5分ほど。
彼女は人気のない木陰のベンチを見初め、指差した。


 川 ゚ -゚)「さ、どうぞ」

(´・ω・`)「あ、ありがとう……」


ベンチの上をテーブルクロスみたいな布で覆ってから、彼女は僕に腰掛けるよう促した。
僕にはその光景がちょっと冗談じみて見えたが、彼女の表情は相変わらず。
どうやら大真面目のようなので、恐る恐る腰掛ける僕。

221 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 6/18 New! 2006/08/11(金) 17:32:47.06 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ -゚)「約束どおり、朝食は抜いてきたか?」

(´・ω・`)「うん」

 川 ゚ -゚)「そうか、ならもう随分お腹が減っているだろう。早速食べようか」


彼女はそう言って、今度はナプキンとおしぼりまで出してきた。
ただ、やっていることは高級そうに見えても、
おしぼりのケースが安っぽいプラスチック製だったので、僕は何となく安心する。

……そういえば、昔両親とピクニックに行ったときもこんなケースだったっけな。

僕が何となくそんなことを思い出して宙を見つめている間に、
彼女はてきぱきとブランチの用意を続けていた。

223 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 7/18 New! 2006/08/11(金) 17:33:45.23 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ -゚)「さあ、召し上がれ」


あっという間にすっかり整えられた食事の準備。
陽の光の下では、何でもない食べ物でも普段の数割り増しに美味しそうに見えるから不思議だ。


 川 ゚ -゚)「……と言いたいところだが」


そこで彼女は言葉を止め、僕の瞳をじっと見つめてきた。
瞬間、僕の体に緊張感が揺り戻ってくる。
全身にピリピリとした感覚が走り、心臓は徐々に内圧を高め、頭はどんどん真っ白になっていく。

……ああ、居ても立ってもいられなくなりそう。

けれど、そんな状態の僕を救ったのも、やっぱり彼女の言葉だった。


 川 ゚ -゚)「パンにはさむ具は、ちゃんと持ってきたか?」

(;´・ω・`)「う、うん……」


彼女の言葉、そして彼女の瞳に精神と肉体を絡め取られた僕は、
無意識に近い動作で、ゆっくりとかばんの中からそれを取り出す。

……ああ、まるで魔法のよう。

224 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 8/18 New! 2006/08/11(金) 17:35:42.99 ID:iqO0QSUE0
それは、何てことのないもの。
本当に何てこともない、ただのハム。
悩みに悩んだ末、悩むことをやめた僕が選んだ、あまりに無難な選択肢。

……きっと、つまんない男だと思われるんだろうな。

うつむいた顔を上げることさえ出来ずに
両手でもって馬鹿みたいに恭しく彼女にハムを差し出している僕は、
今やほぼ完全に真っ白になった頭というキャンパスの片隅にそんなことを書き付ける。

……けれど。


 川 ゚ー゚)「……ふっ……ふふふふ……」


その音が耳に入ってからたっぷり10秒はたったころ、僕は顔を上げた。
それからさらに10秒ほどして、ようやく僕の頭は現状を認識し始めた。

……あれ、彼女、笑ってる?


 川 ゚ー゚)「あははは、君は面白いな、まさかハムを丸ごと持ってくるとは思わなかったよ」


そう、確かに彼女は笑っていた。
いつものあのポーカーフェイスは今はどこかに消え去り、
心から楽しそうに笑っている彼女がそこにいた。

225 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 9/18 New! 2006/08/11(金) 17:36:36.19 ID:iqO0QSUE0
彼女はひとしきり笑うと、どこか満足げに、そして優しく僕に問いかけてきた。


 川 ゚ー゚)「ところで、それを切り分けるためのナイフは持ってきているのかな?」

(;´・ω・`)「……あ」

……そうだ、そのことをすっかり忘れていた。

こんなに無難でつまらない選択をしてしまったのだから、
せめて品物自体はいいものを買おうと一番高いものを手に取った結果がこれだったのだけれど、
これは日常僕が口にしているような、最初から切れている安っぽいハムではないのだから、
切り分けるためのナイフは必須だったはずだ。

つまらない選択の結果得られたつまらない失敗に、僕はかーっと顔が熱くなるのを感じた。
きっと、耳まで真っ赤になっているに違いない。


 川 ゚ー゚)「でも、ちょうど良かった」


どこか弾むような口調でそう呟き、彼女はバスケットの中から何かを取り出した。
大切な宝物を、秘密の宝箱から取り出すときのように優しく。


 川 ゚ー゚)「ほら」


僕に向けて差し出された彼女の手のひらには、小型のナイフと、
片手サイズのブロックのままのチーズ。

226 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 10/18 New! 2006/08/11(金) 17:37:30.66 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ー゚)「……はぁ、ごちそうさまでした」

(´・ω・`)「ごちそうさまでした」


あの後、彼女はお互いが持ち寄った食材
――偶然にも両方ともナイフを必要とした――を切り分け、ベーグルに挟んでくれた。
ベーグルはまだほんのりと暖かく、柔らかで、そして、とても美味しかった。

……きっとあれは、この温かな陽光の力のおかげなんじゃなくて。
……きっとあれは、知らぬ間に彼女が僕にかけていた魔法のせい。

だって、彼女の微笑みはあんなにも透き通っていて、
幾重にも防壁が張り巡らされた僕の心の奥底にまで、
あんなにもあっさりと侵入してきたんだから。



……ああ、やっぱり食事というものは、自分のす――――



 川 ゚ー゚)「……ああ、やっぱり食事は自分の好きな人とするのが一番だな」

227 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 11/18 New! 2006/08/11(金) 17:38:18.26 ID:iqO0QSUE0
心底気持ち良さそうに木漏れ日を浴びながら、
本当に何気ない口調で、さらっと彼女が口にした言葉。


(´・ω・`)「……え?」


それはあまりにも、僕の心の中の呟きと似通いすぎていて。


 川 ゚ー゚)「ん? 聞こえなかったか?」


だから、その言葉は、




 川 ゚ー゚)「やはり食事は自分の好きな人とするのが一番だな、と言ったんだ」




僕を喜びと驚きの渦に叩き込むのに十分な魔法の力がこもっていた。

228 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 12/18 New! 2006/08/11(金) 17:39:05.61 ID:iqO0QSUE0
そして、それから僕たちは、日が暮れるまでの時間をたっぷりと使って、
色んなことを、本当にたくさんのことを話した。

これまでの自分が辿ってきた人生について。
昔見ていたTV番組について。
好きな音楽について。
現在の、お互いの学校生活について。
よく読む本のジャンルや、好きな作家について。
家族について。
好きな食べ物について。


……そして、好きな人のタイプについて。


ちなみに、僕がハムを差し出したときに彼女が笑っていたのは、
それが丸ごとの、切れていない状態のものだったから、という理由だけではなくて、


 川 ゚ー゚)「実は私も、ハムかチーズかで悩んでいたんだ」

 川 ゚ー゚)「まあ結局はチーズにしたわけだが、もしあそこでハムを選んでいたら……と思ったら、な」


ということだったらしい。

ちなみにその2、実は僕もチーズとハムで迷って、最終的にハムを選んだことを伝えたら、
彼女の笑顔はよりいっそう大きなものになっていたことも付け加えておいてみる。

229 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 13/18 New! 2006/08/11(金) 17:40:06.57 ID:iqO0QSUE0
 川 ゚ -゚)「なあ」

(´・ω・`)「うん?」

 川 ゚ -゚)「君は、運命を信じているか?」


びっくりするほどに空と雲とを紅く染め上げる夕陽を眺めながら、
彼女は突然、そんな質問を僕に投げかけてきた。


(´・ω・`)「うーん、どうだろう……あんまり信じてこなかったかも」


これまでの自分自身の人生における歩みを振り返ってみれば、
能天気に「運命は絶対だよ!」だなんて言うことはできない。

何故なら、不の字が先頭につく運命を背負わされてきた身だから。
それを「運命だから」などと言って簡単に受け入れてしまったら、
それこそこの人生には何の意味も価値も見出せなくなってしまう。

……けど、そんな僕の心を知ってか知らずか、彼女はさらに言葉をつむいだ。


 川 ゚ー゚)「私は運命を信じているよ」

230 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 14/18 New! 2006/08/11(金) 17:40:48.72 ID:iqO0QSUE0
(´・ω・`)「……」


急に押し黙る僕を見て彼女は一瞬、表情を曇らせたが、すぐにまた言葉を継いだ。


 川 ゚ -゚)「正確に言えば、信じている、というよりは、あってもいい、という感じだけどな」

(´・ω・`)「……?」


彼女の言い回しの真意がつかめず、怪訝そうな顔をしている僕を見て、また彼女は笑う。


 川 ゚ー゚)「つまりだな、例えばの話だが」

(´・ω・`)「……!」


唐突に彼女の手が僕の手に触れてきて、僕は硬直した。


 川*゚ー゚)「私は今こうして君と一緒に過ごしている時間……」

 川*゚ー゚)「そして、こうして感じる君の体温……」

 川*゚ー゚)「そうしたことに、言葉では言い表せないほどの喜びを感じている」

231 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 15/18 New! 2006/08/11(金) 17:41:29.02 ID:iqO0QSUE0
……彼女の頬が朱に染まっているように見えるのは、果たして夕焼けのせいなのだろうか?

そんな、おおよそ現在、この状況に似つかわしくない、間の抜けたことを考えながら、
僕はただ、僕の手に感じる彼女のぬくもりに全身を包まれて、
彼女の言葉を、耳ではなく、心、もしくは脳で直接聞いていた。


 川*゚ー゚)「もしかしたら、実際には全然大したことのない、小さいかもしれないけれど」

 川*゚ー゚)「例えば、お互いの好きなものがだいぶ似通っていたり」

 川*゚ー゚)「例えば、それなのに、具が重複しない、ちゃんとしたサンドイッチが出来上がったり」

 川*゚ー゚)「そうしたひとつひとつのことを積み重ねていけば……」

 川*゚ー゚)「そうすれば、最後にはきっと」


そこで一旦、彼女は小さく息を継ぐ。




 川*゚ー゚)「運命という言葉にも負けないくらいの絆が出来上がっているんじゃないかと思うんだ」

232 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 16/18 New! 2006/08/11(金) 17:42:29.41 ID:iqO0QSUE0





……そんな彼女の言葉を聞いて、僕は、







ああ、なんて美しい人なんだろう







などということばかり考えていた……。






233 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 17/18 New! 2006/08/11(金) 17:43:37.76 ID:iqO0QSUE0
それからの僕らの関係は、でも、以前とそれほど変わることがなく、
ただただ平穏な日々だけが過ぎていった。

強いて言えば、彼女の方が僕よりも1学年上だったため、
僕よりも1年早く、本格的な受験勉強を始めなければならなかったから、
気ままに遊べる時間が今までよりもちょっとだけ少なくなったくらいだろうか。


けれど、僕は――いや、僕たちは、心の奥底で確かに感じていたんだ。


ひとつひとつはどれほど小さくても確実にお互いの中に蓄積して成長していく、確かな絆を。

234 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック 18/18 New! 2006/08/11(金) 17:45:39.85 ID:iqO0QSUE0
やがて季節は移り変わり、北の方ではちらほらと白い妖精が舞い踊り始めた。

だからというわけではないけれど、
去年あたりから息長くヒットしているクリスマスソングを口ずさみながら、
僕は、僕たちが出会った、そしてそれ以降ずっとそこで出会い続けている場所に、今日も向かう。

駐輪場に自転車をとめて、一年中変わらない静けさが支配するその部屋へと向かう。

いい加減顔見知りになっている人の良さそうな司書さんに会釈をし、その机へと向かう。

そこでは彼女が、いつもと変わらない表情で本と向かい合い、ノートに何かを書いている。

僕は彼女の向かい側の席に座り、彼女と同じように本とノート、そして筆記用具を取り出す。

その物音に気付き、彼女は僕の方を向く。



そして彼女は僕に向かって笑いかける。




僕が彼女に向けているのと同じくらいの、とびきり大きな笑顔を。






235 (´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック END New! 2006/08/11(金) 17:46:43.40 ID:iqO0QSUE0





(´・ω・`)と川 ゚ -゚)のピクニック    〜お題:ハムチーズ〜





                    おしまい。







inserted by FC2 system