744 影に生きる者 New! 2006/07/27(木) 22:44:03.62 ID:fyOD33eFO
忍びの掟は厳しい。
それは僕にも分かっていたし、ツンだって分かっていたはずだ。
それなのに。
何で里から逃げてしまったんだ、ツン。

――僕の、嫁。

頭領からの任を受け、ツンを追い詰めるまで僕の頭は霞みがかったようにぼんやりとしていた。


745 影に生きる者 New! 2006/07/27(木) 22:44:37.07 ID:fyOD33eFO
――やはり僕は根っからの忍びなんだ。

その証拠として、袋小路に追いつめたツンの怯えた表情を前にしても何も感じない。
今の彼女は僕の嫁じゃなく、一族を裏切った者。

(´・ω・`)「ツン、すまないけど君を斬る。
安心して刀のさびになってほしい」

月光に淡く、鈍く反射する、僕とツンの忍刀。
周囲の空気がチリチリと僕の首筋の毛を逆立てる。
迂闊に踏み込めば、こっちが殺られる。


746 影に生きる者 New! 2006/07/27(木) 22:45:29.85 ID:fyOD33eFO
遠くで猫がにゃあ。と一声鳴いた。
その刹那、僕はツンの間合いに入り込み、横凪ぎの一閃を見舞う。
手応えは無い。

ξ///)ξ「ひゃぁっ///
なにすんのよこの変態!!」

普段どおりのツンの罵声。
夜、悪戯する僕に彼女はいつもこう言ってたっけ。
結局は、二人寄り添って眠りにつくのが常だったけれど。

ツンは背中に壁を背負い、触れそうな距離に僕の切っ先がある。
僕の踏み込みの速度と彼女の速度を比べれば、最後の刻が近づいているのが分かる。
彼女どんな思いで僕を見つめているのだろう。

――憎悪、かな。

ツンにごめんなさいしなきゃね。


747 影に生きる者 New! 2006/07/27(木) 22:46:09.21 ID:fyOD33eFO
ξ///)ξ(…でも…あんたになら…///)

ねぇ、ショボン。
私が何で仲間と貴方を裏切って、里から逃げたか分かるかしら。

私は、貴方と普通の生活がしたかった。
畑仕事をして泥まみれになって帰ってくる貴方。
私の背中には貴方との子供が、紅葉のような手を振って貴方を迎えるの。
それを見て貴方は表情相変わらずしょんぼりした顔。

……でも……優しい……声で、ただいま……って。
そんな……ささやかな……夢。
ねぇ……ショボン?
私と……お腹の子……の最期のお願い。
もう……人殺しは……。


748 影に生きる者 New! 2006/07/27(木) 22:48:01.22 ID:fyOD33eFO
ツンは死んだ。
僕の子供も死んだ。
僕の刄にかかって。子供もろとも。
彼女は自らの死を持って僕を諭そうとしたのだ。

――でもね、ツン。
君のいない生活なんて僕に耐えられると思うかい?
今更、忍びを辞める事が出来ると思うのかい?
――僕には、無理だ。

愛しい人の最期を聞き入れなかった男。
その男は心の隙間を埋める様に血の雨を降らせ、任務に心血を注いだ。
いずれその男の横に並ぶ忍びは消え、彼は徳川、伊賀忍者達を束ねる頭領となる。
その男の名は服部半蔵。

どこまでも雄々しき背中に計り知れない哀しみを背負う、影に生きる者。

終わり

inserted by FC2 system