403 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:51:56.83 ID:yTHH2OODO
俺は夏が嫌いだ。
いつから夏が嫌いなのかは覚えていない。

そんな俺が、現在なんで夏を代表する『海』にいるのかというと、夏が好きな友人に無理矢理連れてこられたためだ。
海のいったい何がいいのやら。

照りつける太陽なんて大嫌いだ。
動いてないのに汗は出るし肌を容赦なく焼くから。

海なんて大嫌いだ。
潮風がベタベタするしクラゲが出るから。

そんな訳で、俺は海に入らず、海の家でカクテルを飲みながら小説を読み耽っていた。
友人はすでにどこか遊びにに行っている。
いやはや。

――これじゃ、普段と変わりゃしないな。


406 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:54:09.76 ID:yTHH2OODO
苦笑いをしつつ、再びページに目を落とす。
意識を集中させ小説に入り込み、周りの雑音を消去して――。

「隣、いいか?」

('A`)「はぁ、どうぞ」

なんだよ……。
せっかく小説の世界に入り込めそうだったのに。

俺は不機嫌を隠そうともせずに返事をした。
再び意識を小説に集中させ――られない。
隣からの視線をギンギン感じる。

なんだってんだ。
そんなに海で小説を読む奴が珍しいか。
確かに、目立つだろうが。
「何を読んでいる?」

そんな事、お前には関係ないだろう。

俺は文庫本を閉じて、隣の女に一言文句を言ってやろうと、横を仰いだ。


407 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:54:52.60 ID:yTHH2OODO
('A`)「……あれ?」

いない。確かに気配も感じたし、隣の椅子も濡れているのに。
誰かがいた証拠に、ロン毛茶髪に小麦色のバーテンも首を傾げている。

え、マジか。

( ^ω^)「おいすー。帰ったおー」

(´・ω・`)「またのんだくれてんの?ドクオ」

( ゚∀゚)「腹へったー」

ああ、騒がしい。
人が幽霊に脅かされている時に非常識な奴らだ。

ラーメン、焼そば、かき氷に焼きイカ、もろこし。
夏の海を彩る食物が並んだ机。
それに群がる、飢えた野獣共。
俺はそれを尻目に五杯目のカクテルに手を伸ばし、小説を読む。


408 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:55:54.02 ID:yTHH2OODO
( ^ω^)「おい……おい!」

('A`)「んあ?」

どいつもこいつも俺の読書を邪魔をしやがる。
っていうかこいつら食うの早いな。
もう出陣の準備かよ。
ご苦労さまなこって。

(´・ω・`)「ドクオも行こうよ、海」

('A`)「やだ。まんどくさい」

一刀両断とはこの事だろう。
だが、敵もさるものだ。
友人も俺のぶっきらぼうな態度には慣れている。

( ゚∀゚)「いやっほーい!」

(;'A`)「おい、こら!」

三人がかりで俺を無理矢理に海に引きずって行く。
とはいえ、俺も必死に抵抗する。
このまま暴れ続ければ海に転落はまぬがれるだろう。

409 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:56:44.16 ID:yTHH2OODO
「やっと、来てくれたんだな」

(;'A`)「え!?」

耳元にその声が届いた瞬間、俺の身体と疑問は友人の歓声と共に宙を舞い、海中に沈んだ。

――くそ。
なんなんだよあの声は。

海中で目を開け、ぼんやりとした太陽を覗くと、どこか懐かしい感覚が俺を貫いた。

――来てくれたのか。

『彼女』はそう言ったのだ。
そう。
揺らめく世界に俺は還ってきた。
目を閉じて、海と一体化するとほら、もう息苦しさなんて感じない。

(ダメだ)

――何が。

(よく目を凝らせ。自分の身体を。
そして、足元に広がる深遠を)


410 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:58:03.63 ID:yTHH2OODO
俺は、無数の手に絡めとられていた。

――!?

口から気泡が溢れる。

――還ってきたわけじゃない。
ここは、俺が来るはずだった場所なのか。

(来てくれたのは嬉しいのだが、ここに居てはいけない)

その時、俺を抱き上げる両手を、確かに見たんだ。

('A`)「……あ」

俺はずぶぬれで立ち尽くしていた。
身体を沈めていたはずの海面は、俺の膝までしかない。
目の前では友人達が楽しそうに俺を指さして笑っていた。


411 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:59:12.27 ID:yTHH2OODO
夜。
花火ではしゃぐ友人達から離れ、俺は浜辺で夜の海を眺めていた。
昼間起こった出来事を脳内で反芻し、幼い日の思い出を、俺は揺さぶり起こす。

「隣、いいか?」

('A`)「はぁ、どうぞ」

海の家と同じやりとり。
夜の海は果てしなく暗い。隣に居るはずの『彼女』だって見えやしない。
俺は、煙草を取り出し火を点けた。
数秒ほどのささやかな照明が照らしたのは、煙草と俺の手だけ。

「大人になったんだな。
昔はあんなにちっちゃかったのに」

('A`)「やっぱり、ねえちゃんかよ。
なんで顔を見せてくれないのさ」


412 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 19:59:54.05 ID:yTHH2OODO
「……君が私の顔を忘れているからだよ」

ねえちゃんは一人っ子の俺を可愛がってくれた。
両親が共働きで居ない時、よく遊んでくれた。
それなのに、なんて事だろうか。
今やぼんやりとした輪郭しか思い浮かばない。
自分の記憶力の無さを恥じる。

「別に構わないよ。
君は幼かったから顔を覚えていないのは当然だ」

('A`)「……」

しばし、沈黙。
いや、言うべきことは分かっているのだが、言葉が喉に引っ掛かって出ない。

――言わなきゃ、言わなきゃ。

('A`)「……ねえちゃん。
その……ごめん」


413 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 20:00:53.29 ID:yTHH2OODO
小さい時に来た海ではしゃぐ俺とねえちゃん。
いや、ねえちゃんは楽しくなかっただろうな。
彼氏とでも来たかっただろうに。
それでもねえちゃんは嫌な顔一つしなかった。
そして。

沖に歩いてゆく俺。
止めるねえちゃん。
掴まれた小さい足首。
絡み付く無数の手。
必死でもがく俺。
抱き上げてくれた両腕。

――ねえちゃんは、俺の代わりに逝ってしまった。
死体すらあがらなかったんだ。
そして俺は海と夏が嫌いになった。
いや、脳内に封印したんだ。


414 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 20:01:47.77 ID:yTHH2OODO
(;A;)「ごめん……。
ごめんなさい、ねえちゃん」

俺は昔と同じように膝を抱えて泣きじゃくる。
ねえちゃんは、昔と同じように優しく頭を撫でてくれた。

「もう、いい。君にもまた会えたしな。
――でも。
もしよければ、三番目のテトラの隙間から私を出してほしい」

もちろん。明日の朝一で。
そう言おうと顔上げた俺の耳に、破裂音が響いた。

「おや、花火だな」

嬉々としたねえちゃんの声に釣られ、俺も顔を上げる。


415 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 20:02:24.74 ID:yTHH2OODO
決して派手ではない、市販の打ち上げ花火。
それでも、俺達を照らすには十分な光量。

俺『達』。

――ああ、やっと顔を見ることが出来たよ。ねえちゃん。

川 ゚ -゚)「やっと思い出してくれたか」

('A`)「うん、はっきりとね」

またも訪れる沈黙。
だがそれは決して不快ではなく安らぎの時間で、俺達はただ花火を見つめていた。
ねえちゃんが唐突に口を開らく。

川 ゚ -゚)「また……海にきてくれるか?」

返事は決まっている。
もちろん――。


416 夏が嫌い New! 2006/07/23(日) 20:03:40.83 ID:yTHH2OODO
カウンターに座り、文庫本を広げた俺。
海に来て泳がないのかと言う小麦色のバーテン。
そして、聞こえる声。

川 ゚ -゚)「何を読んでいる?」

('A`)「新しい小説だよ、ねえちゃん」

うん。
まだ夏は嫌いだが、この海は好きになった。

終わり


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