225 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:39:27.19 ID:GN/yX4xw0

 こんなオタクに彼女なんて出来るわけもなくて。



 あるカンカン照りに晴れた日のこと。
 魔法以上の愉快なこともあるはずがなく、僕はただ怠惰な一日を謳歌していた。
 教室内はまるでオーブンだった。太陽からの熱線がこれでもかと降り注ぐ。

 実に暑い。酷暑だ。

 ふとCD屋に出かけたくなった。虎の穴がいいだろう。
 本当に唐突な思いつきだった。

「ドクオ、虎の穴行くお」
「あ? あちーじゃん。こんな日はな、教室で読書でもしているのが一番なんだよ」

 ドクオは買ったばかりのラノベにご執心のようだった。
 そしてなんでも最近とある掲示板の小説投下スレにはまっているようで、
必死に構想とも妄想ともつかないものをメモしていた。

「おおッ! いいぞいいぞ! 新たなネタが湧いてきた」

 肩をすくめ、ドクオにあきれながら次の同行者を捜した。

228 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:40:41.88 ID:GN/yX4xw0

 僕が次に目をつけたのはショボンだ。

 ドクオと違ってショボンは暇を持て余しているらしい。
 ちなみに僕とショボンはクラスが違うから、わざわざ隣の教室まで赴かなくちゃいけない。

 廊下に出るとむあぁぁっと、嫌ぁな熱気が全身を覆った。
 一瞬だというのに、じとりと汗が浮いた。

 一時間も突っ立っていたら熱中症で倒れるに違いない。

 と次の瞬間。

「あ――」

 仄かに香る香水。ふわりと涼風になびく金髪。
 廊下中の誰もが、彼女の麗容に見とれていた
 学校のアイドル、ツンデレさんが僕の横を通り過ぎたのだ。

 彼女が通り過ぎるだけで、世界が涼を得た感じがした。

 拍動が高鳴る。息を押し殺すのが精一杯だった。
 じろじろ見ちゃいけないと思うから、余計挙動が不審になる。ああジレンマ!

 でもツンさんは僕に目をとめることもなく、廊下を曲がっていってしまった。

 少しでも彼女に近づきたいと思う。
 でも彼女は僕には高嶺の花なんだ。

 僕は雑草彼女は桜。朱色をおびた、真っ赤な桜――。

229 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:41:48.32 ID:GN/yX4xw0

「ふんっふんっ、ふんふんふんっ!!」

 僕は隣室に入るなり絶句し驚愕し愕然とした。

「何やってるお…ショボン」
「いや、何! また踏んだんだよ」

 僕の視界に飛び込んできたのは、脇目もふらず腹筋をするショボンの滑稽な姿だった。
 夏の日差しを浴びて額に玉のような汗を浮かべて絶え間なく肉体を上下させる。
 どうやらとあるスレッドを開き、そこの命令を実行しているらしい。あと973回だ? ご苦労なこって。

 しかし上半身裸でする必要はないんじゃないかな?

 この勘違いヤローは周りからの冷たい視線を自分への応援と勘違いしているらしく、
ときどき彼らに向けて爽やか営業スマイルを投げかけていた。みんな焦って視線をそらしている。

 おいショボン。貴様絶対にマクドナルドには勤めるなよ。
 株価が垂直に下落すること請け合いだから。

「で、何のようだい?」

 ボディービル部があったら間違いなく勧誘されそうな肉体を誇示しながら、
ショボンは僕の前に屹立した。小麦色の肉体が何故か淫猥な色をおびている。
実に気色悪いから、何も言わずその場を高速で立ち去った。

 遙か後方からショボンのフンフンボイスが聞こえたので、
躊躇なく耳を塞いだ。もういい、虎の穴には一人で行くことにしよう。

 購入商品はもちろん――、ハピマテだ。

231 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:42:51.54 ID:GN/yX4xw0

 虎の穴店内は非常に涼しい。
 クーラーががんがんに効かされている。
 物理的な温度だけでなく、配色やら間取りやらの関係も爽涼感を増加させている。
 まるでここだけ初夏の世界から隔離されているような、そんな錯覚にさえ陥る。

 店内には余すところ泣くポスターが貼られていた。
 可愛らしい服装をした女の子が僕に対して笑顔を浮かべている。

 でも、何故だろう。
 ときどきアニメを見てて、果てしなく虚しくなるときがあるんだ。
 僕は何してるんだろう。端から見たら、気持ち悪いだけじゃないか。
 昔誰かに言われた。これは普通のアニメだからキモくないって? ばぁか。
 『アニメ』を見てる時点で気持ち悪いんだよ。

『分かっているけど、止められないんだろ? アニメ』

 心の中のもう一人の僕が呟く。
 そうさ、分かってはいる。僕はあまり――いや、まったく格好良くなんかない。
 それにオタクを好きになる奴なんかいないってね。
 勘違いなんだ。すべては勘違い。あるいは妄想世界の産物。

 でもやっぱりアニメは好き。好きな物は好きなんだ。

 きっとツンさんは僕のことを軽蔑してるだろう。
 最近流行のキモオタのたぐいだ…ってね。

 虚しさが込み上げてきて、ふっと自嘲が漏れた。

232 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:44:11.27 ID:GN/yX4xw0

 そもそも僕がオタクになったきっかけって何だろう。
 ――だめだ思い出せない。

 誰かが僕に漫画を見せてくれた?
 いや、たまたまテレビをつけたら深夜アニメをやっていた――?
 どちらも違うし、どちらもあっているような気もするし。

 僕は自分の阿呆な、コイキングの如き低脳を嘆きつつ、ある種の心理に至った。

「そっか、そっか。きっとこれは本能なんだお」

 呪い、と言い換えてもいいかも知れない。
 ブラウン管から発せられる怪電波に僕達は引きつけられているだけなんだ。

 そうだよ、そうすれば何もかもが筋が通る。これは呪いなんだ。

 漫画は呪われし巻物で、ディスプレイの向こうの二次元彼女は
呪いを中継する呪われし姫君。きっと、そうに違いない。


 でもすべては一言に回帰する。


         『 現実 』

 吐き気のする言葉だ。
 なんでこんな妄想具現化空間虎の穴まで来て、そんな呪詛呪詛ワードを思い出さなくちゃいけないんだ。

 『現実』を排斥しようとしたが、テスト中の脳内妄想時のブラウン管に映るアニメの如くそれは消えてくれなかった。

233 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:45:15.36 ID:GN/yX4xw0

 決して僕は自己分析したいわけじゃない。
 自分のオタクであるという存在に対して釈明を世間に訴えたいわけじゃない。

 じゃあこの感覚は何なのだろうか。

 罪悪感にも似た、何とも言えない負の感情。
 昔はもっと陽気だった。

 外で元気に遊んだ。
 こんなクーラーがんがんの店に立ち入ることなんかほとんどなかった。
 アニメだってほとんど見ていなかった。
 昆虫採集が楽しかった。あの子と遊ぶのが楽しかった。

 ――あの子?

 あの子って誰だっけ。
 記憶の金庫は固く閉じられているみたいだ。

 くそう、アニメのことなら簡単に思い出せるのにな。

 思わず失笑した。と、次の瞬間。

『アハハッ』

 誰かが――僕を嘲笑しているような気がした。

 店を出ようか、そうも思ったけど僕は二階のCD売り場に向かった。

234 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:46:21.93 ID:GN/yX4xw0

 駄目だ駄目だ。

 振り払おうとすればするほど、オタクとしての本能が首をもたげてくる。

 ああ、アイツはぱにぽにが好きそうだな。
 ああ、アイツはきっとましまろなお友達なんだろうな。

 あいつ、何ステルスミッションしてるんだよ?

 雑念が無限の間欠泉が如くわき出る。
 きっとこれは瘴気なんだろう。

 呼吸を整える。
 何を僕はこれほどにまで動揺している?

 何も後ろめたいことはしていない。
 いや、しているか。

 こんな僕は決してふさわしくない。

 ツンさん――。

 きっとあの人は上品で清楚な趣味をお持ちに違いない。
 こんな下劣で野卑で、淫猥な趣味じゃないんだ。

 ふと、妙な心境になった。

 でも――。

235 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:47:09.52 ID:GN/yX4xw0

 オタクって、いけないことなのか?

 思考がかなり錯綜する。
 かつての思想家達もこのようにして思索に耽ったに違いないと思われるほど、
今この脳味噌はフル回転している。

 何故オタクがいけないんだろう。
 どうして僕は自分がオタクであることを恥じていたのだろうか。

 オタクは何も恥じるべきことではないはずなのだ。

 見てみろ、科学者を。
 彼らは何だ、科学オタクではないか。

 見てみろ、考古学者、歴史学者を。
 彼は歴史オタクではないか。

 それぞれベクトルが違うだけであって、向けている情熱は同じなのだ。

「そうか! そうだったんだ!」

 僕は店内であるというのに思いっきり腹の底から絶叫した。

 恥じるべきは己がオタクであるという事実ではない。

 『己がオタクであることを恥じている』という行為自身にあるのだ!

236 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:48:45.72 ID:GN/yX4xw0

 そう考えると、気持ちが楽になった。

 オタクであること。それも自分の一部なんだ。
 自分に内包されているオタクごと、ツンさんに好きになってもらえばいい。
 まぁその可能性は皆無だけれどね。

 僕の口からは自然と自嘲が漏れたけれど、
 それは負の感情なんかじゃなかった。
 この場で思いっきり高笑いしたい。
 テンションは最高潮だ! 今ならどんな事件でも簡単にクリアできる気がする。


 わははわはは、と笑いながら、快活な気持ちで帰路についた。
 家に帰る帰り道、僕はふと気が付いた。

「――ハピマテのCD買い忘れたお」

 でもそんなことにはめげず、くるりと方向転換し、再度今来た畦道を歩き返した。
 再度虎の穴の前に立ち、入り口の自動ドアが開いた次の瞬間、脳内が核爆発した。

 大脳新皮質、フリーズ。延髄、活動停止。瞳孔、全開――。

 かぐわしき香水の匂い。視界に映える――金髪。
 こ、これは――まさか。

「な、内藤くん?」

 ツンさんが、いた。

237 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:49:59.85 ID:GN/yX4xw0

 再起動急げ大脳新皮質! わかったらラジャーと言え!
 ラジャー!

「え、えっと――」

 こら咽頭部何してる! うまくしゃべれてないぞ!
 眼底部! 眼が泳いでいる! 焦点を合わせろ。

 誰にだって? 馬鹿者、ツンデレさんの目に焦点を合わせるのだ!

 ――で、でも。なぜツンデレさんがこんなところに!?

 ツンさんは目を潤ませて顔を真っ赤に紅潮させていた。
 そのまま俯いてしまって、僕はどうしたらいいのかわからなくて。

「ご、ごめんなさい――」

 ただ謝ることしかできなかった。
 ちきしょう僕の馬鹿。なんで謝ってるんだよ。気まずい空気が満ちた。
 ツンデレさんは恥ずかしそうに俯いたまま小走りで走り去ってしまった。

 追い掛けるべきなのか、否か。
 困惑する脳内評議会が解答をはじき出すまでには時間が掛かった。

 僕はゆっくり大きく息を吸い、

「ま、待つお!!」

 初めてツンさんに声を掛けた。

238 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:51:14.26 ID:GN/yX4xw0

 ツンさんは途中の畦道でうずくまっていた。
 僕はただ少し離れたところから傍観することしかできなかった。
 華奢な両肩が、震えていた。

「もしかして――泣いて」
「黙って!!」

 ツンさんが声を荒げた。
 あの常に柔らかで、清らかなほほえみを浮かべている姿からは想像できなかった。

 僕が、悪いことをしたのだろうか。

「見られちゃった――、バレちゃった――。もう学校に行けない――」

 ゆっくりと、思い出す。
 ドアが開いたときのツンさんの表情を。
 恐怖と驚愕が綯い交ぜになったような、切ない表情を。
 僕もかつては感じていた、あの感情。オタクであることが、ばれてしまう。

――ああそうなのか、彼女もきっと。
 ツンさんの気持ちが、分かる気がした。

 僕はゆっくりと、あの歌を歌った。

「光る風を、追い越したら、何がまっているのかな?」
「――え?」

 ツンさんが顔を上げた。
 僕とツンさんの目線が、重なる。

239 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:52:47.85 ID:GN/yX4xw0
「ひょっとして――あなたも?」

 僕は微笑みを返した。ツンさんも、少しだけ笑ってくれていた。

「僕はお――ツンデレさん。歌には呪いが掛かってるかもしれない、って思ってたお」

 オタクってのは、僕らに掛かった呪いなんだってね。

「でも、呪いだって、ベクトルの方向を変えれば祈りに変わるんだお」

 僕は祈った。何回も何回も。ハッピーマテリアルを聞きながら。
 僕に最初にアニメを見せた、あの女の子に会いたい。そう祈った。

「君にきっと」
「会えるね――」

 あなたがアニメが好きで、嬉しいです。僕の初恋の人が、アニメが好きで、嬉しいです。
 僕は自分がオタクであることをここまで嬉しいと思ったことはないんですよ。

 きっとこの歌が、僕達を再び引きつけたんだ。
 切っても切れない、呪いのように。

 ハッピーマテリアル。それは――、

  『 幸せの原材料 』

 その日僕達は二人でツンさんが虎の穴で買ったハピマテを聞きながら帰った。
 さあ、歩こう。畦道を二人で、どこまでも。
 新しい輝きを目指して、いつも二人で、どこまでも、どこまでも――。

240 ( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。 New! 2006/07/17(月) 23:54:39.43 ID:GN/yX4xw0

 ちくしょーなんであいつなんだよー。
 そんな声が学校中から聞こえた。

「にしてもブーン。おまえ凄い人を惚れさせたなぁ。惚れ薬でも使ったのか?」
「ふふ、全てはベクトルの方向の問題だお。勘違いの問題なんだお!」

 勘違い。それは思い込み。

 なんとツンさんは僕がオタクだという事をまったく知らなかったのだという。
 しかもその上、ツンさんはこんな僕に好意を抱いていたんだそうだ。

 否、その表現は正しくない。
 ツンさんは覚えていてくれたのだ。僕のことを。
 初めて他人と一緒にアニメを見た、あの日のことを。

 あの日見たのが何のアニメだったのかは二人とも覚えていないけれど、
アニメを一緒に見たという二人の記憶だけは永遠に劣化せずに残るのだろう。
 それは僕とツンさん――いや、ツンにしか分からない二人だけの秘密の記憶の宝箱。

 でも僕達はまだハッピーマテリアルを見つけたにしか過ぎない。
 そのマテリアルがどんな輝きを放つかはこれからの僕達次第なんだ。

 だから、ツン。いつまでも君と一緒に。

 ――Happy ready go !

                    『( ^ω^) ブーンがハッピーマテリアルを見つけたようです。』

                                            (了)
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