679 1/5 New! 2006/05/19(金) 23:03:11.22 ID:1da5g4qS0
思い出と、幻想はほぼ同義だ

(*゚ー゚)「ね、ね、お母さんお母さん」
うだるような暑さが空から降り注ぐの初夏の午後。テーブルの前に座ってうたた寝していた愛娘のしぃが私に話しかけてきた。
川゚−゚)レ「・・・ん、どうかした?」
(*゚ー゚)「うみ・・・海行きたいな」
彼女のさりげない一言。おそらく、テレビか何かに感化されたのだろう。
川゚−゚)レ「・・・海・・・か」
(*゚ー゚)「うん!私、一度海ってとこで泳いでみたい!」
未だ小学校低学年の娘は無邪気な笑顔を私に向ける。
川゚−゚)レ「・・・・・・」
(*゚ー゚)「ね、いいでしょ?」
私が黙りこくってしまった時、リビングでテレビを見ていた夫の……しょぼんがこちらを振り返った。
(´・ω・`)「・・・しぃ」
少し重々しく、しょぼんはしぃに呼びかける。
(*゚ー゚)「なぁにー?」
(´・ω・`)「一緒にテレビでも見ようか・・・ほら、ドラえもんの映画を借りてきてるんだ」
(*゚ー゚)「!・・・うん!」
一瞬で心移りしてしまったのだろう。しぃは元気よくそれに答えて、とてとてとしょぼんの隣まで歩いていき、ちょこんとソファーの上に座る。そしてしょぼんと一緒にドラえもんの映画を見始めた。
川゚−゚)レ「・・・・・・」
私は、小さく溜息を漏らす。安堵のような、謝罪のような、そんな複雑な溜息。

(´・ω・`)「・・・クー」
ふと、頭上からの声。私はハッと顔を上げる
川゚−゚)レ「しょぼん・・・」
(´・ω・`)「寝ていたのか?」
川゚−゚)レ「ん・・・少しだけ、な」
(´・ω・`)「そうか・・・」
リビングを見やるとしぃが画面に食い入るようにしてドラえもんを見ている。
しょぼんはその隙に、こちらまでやってきたのだろう。

680 1/5 New! 2006/05/19(金) 23:04:44.70 ID:1da5g4qS0
彼は私の前でテーブルに両肘をついて、顔の前で手を組んで座っている
(´・ω・`)「海に行きたい・・・」
ぽつりと、しょぼんが言う。
川゚−゚)レ「・・・・・・・」
(´・ω・`)「そう、言ったのか。しぃは」
川゚−゚)レ「あぁ・・・泳ぎたい、と」
(´・ω・`)「・・・・・・そうか」
彼は軽く目を瞑った。

しぃの白い肌が物語っていること……彼女はアルビノ・・・先天性色素欠乏症だ。そのため太陽光に弱く、年中長袖、帽子が必須だ。ましてや真夏の海で泳ぐなどどう考えても不可能だ。
ゆえに、彼女には水泳の授業はすべて見学させている。

川゚−゚)レ「・・・仕方がないといえば仕方ないな・・・学校の友達が楽しんでいることを、しぃもやってみたいと思うだろう」
(´・ω・`)「しかし・・・無理なこと、だ」
川゚−゚)レ「・・・・・・」
(´・ω・`)「・・・そうだ」

(´・ω・`)「今度屋内プールにでも連れて行ってやろう・・・そこでなら、しぃも泳ぐことができるはずだ」
川゚−゚)レ「そう・・・だな」
そこでしょぼんは軽く笑った。多分・・・・・・そのときの私が、とても嬉しそうな表情をしていたからだろう。
川゚−゚)レ「・・・じゃあ、今度の日曜日にでも、行こうか」
(´・ω・`)「うん」
彼は頷いて、立ち上がった。そしてまたしぃの隣へと舞い戻る。
私はそれを頬を緩ませながら眺め、またうたた寝を始めた。
・・・
・・

そんな、夢想のような物語
数ヶ月前までの、日常。

681 3/5 New! 2006/05/19(金) 23:05:45.18 ID:1da5g4qS0
日常ほど壊れやすいとはよく言ったものだ。
あの初夏の日の数日後の金曜日、私達の日常が崩れた。
しぃが死んだ。
学校帰りに、トラックに轢かれたらしい。よくある事故だ・・・ははは・・・
実際、あの時の私は泣くことすらできず、ただ退廃的な笑みが内側からこみ上げてきていた。
何日か経ってから
初めて、涙が流れた。
私達の天使は翼を折られ、地に墜ちた。
しぃは最早飛び立つことはない。
私達の心の奥底で、永遠に眠り続ける・・・
・・・それだけは、嫌だ・・・


682 4/5 New! 2006/05/19(金) 23:08:02.90 ID:1da5g4qS0
さざ波が耳を掠め、消えていく。
私は所々に白の散らばる砂浜に立っていた。
絵に描いたような青く、美しい海辺には私達以外誰もいない。当然だ。あれから数ヶ月経った今は・・・冬なのだから。
静かに前に進む私・・・
一歩、二歩・・・青色に近づいていく。
突然、誰かが私の肩を掴んだ
川゚−゚)レ「!・・・・・・しょぼん」
(´・ω・`)「クー・・・そういうことは、考えてはいけないよ」
後ろには、いつの間にかしょぼんが立っていた。
・・・参ったな。波の音しか聞いていなかった
川゚−゚)レ「・・・・・・・」
(´・ω・`)「それだけは考えてはいけないよ、絶対に・・・」
重く強く、しょぼんは私に呟く。
川゚−゚)レ「・・・ん」
私は曖昧な言葉を返した。
すでに足首まで、裂くように冷たい海水に浸っている。
恐ろしいほどに静かな海・・・この空間には3人しかいないようだ
私と、しょぼんと・・・私の腕の中の、しぃ。
私はしぃの遺灰を少しだけ、この場に持ってきていた。
しぃが言っていたから・・・海に行きたい、と。泳いでみたい・・・と。
その決断を下せたのは昨日のこと、だった。
川゚−゚)レ「・・・しょぼん」
(´・ω・`)「・・・・・・・・」
川゚−゚)レ「残酷かな、私達のしている事は」
(´・ω・`)「わからない・・・だけど」

(´・ω・`)「これぐらいしか・・・できないじゃないか」

答えとなるべき台詞が思いつかなかった。
私はただ黙って、その場にしゃがみこんだ。

683 5/5 New! 2006/05/19(金) 23:09:48.03 ID:1da5g4qS0
腕の中の小さな木箱から小瓶を取り出す。
しばらく私はそれを眺めた。中に入っているのは少量の灰色の粉
遺灰でならばしぃは自由に海を泳ぐことができる・・・まったく、皮肉なことだが。
意を決して
私はゆっくりと小瓶を傾ける。さらさらと、灰色が滑り落ちる。
それはやがて、海水へと溶け込む・・・
突如やってきた小さな波が、灰色を彼方へと持ち去った。
川゚−゚)レ「・・・・・・」
それとほぼ同時に、私の目から予期せぬ涙があふれ出た・・・
川゚−゚)レ「しょぼん・・・」
(´・ω・`)「・・・・・・・・」
川゚−゚)レ「しぃは・・・大丈夫かな。寒く、ないかな・・・」

(´・ω・`)「大丈夫・・・しぃは、強い子だよ」
しょぼんが私の肩を抱く。
止まらない涙もまた、海の中へと溶け込んでいく。
(´・ω・`)「しぃは、誰よりも強いよ・・・僕達なんかよりも、ずっと、ずっと」

(´・ω・`)「だってしぃは・・・僕達にとっての、天使じゃないか」
天使は強い。
例え翼が折れたとしても・・・しぃが私達にとっての天使であることに変わりはない・・・
川゚−゚)レ「・・・あぁ、そう、だな」
私は頷いて、彼方にどこまでも広がる海を見つめる。
しぃは今、私達の心から旅立つことができた。
きっとまた、翼は生えるはずだ・・・そしてまた、自由に、この世界を飛び回ることができるはずだ・・・
inserted by FC2 system