630 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:22:59.82 ID:5Ne7drXu0
僕とツンは、客観的にはただのカップルにしか見えないだろう。
休日などには普通にデートをし、普通に話し、普通に暮らす。
自分で言うのもなんだが、こんなに良い子と一緒にいることができるなんて、とても恵まれていると思う。
ただ、僕とツンは、普通のカップルとは一つ、決定的に違うことがある。






それは、僕とツンはカップルではなく、飼い主とペットであるということだ。

631 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:28:33.33 ID:5Ne7drXu0
いや、元々は僕らは普通のカップルだった。
学生時代から仲が良く、卒業後は付き合うことになった。
僕はツンを愛していた。誰にも渡したくなかった。
ツンも僕を愛していてくれた。ずっと一緒にいたかった。
だから僕らは、このような関係を築きあげたのだ。
主従関係とまではいかないが、僕は彼女を支配しているかのようだった。

ペットが人間と同じ生活環境であるのはどうかと思う。
そこで僕は、ツン用のトイレ、餌皿、食事などを用意した。
とはいえ、別に犬や猫にあげるような粗末な餌や、砂トイレを使わせているわけではない。
普通の人間と全く同じものだ。ただ、全てが僕とは「別」とした。
僕らの関係を、はっきりさせるために。

僕がやっていることは、恐らくは束縛なのだろう。本当に僕らにとって良いのかもわからない。
だが、彼女は文句一つ言わなかった。いつものように、にこやかに僕に微笑んでくれる。
そんな日々が、数年もすれば当たり前になっていた。

632 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:34:02.77 ID:5Ne7drXu0
ξ゚听)ξ「どうしたの?」

物思いに耽っていた僕に、可愛い可愛いペットが話しかけてくる。
家の中でだけつけている首輪も、今では何一つ違和感を感じない。

( ^ω^)「いや・・・昔のことを思い出していただけだお」

そういって僕は、ツンの頭を軽く撫でてやる。
ツンは、嬉しそうに頭を僕に摺り寄せてきた。思わず抱きしめてしまう。
そのまま何秒間か抱きしめて─彼女を話してあげた。
優しい笑顔だ、と僕は思う。この世の何よりも優しいものだと。

僕らもいずれは結婚するだろう。付き合って早数年。
僕らの関係は、揺ぎ無いものとなっていた。
ここまできたのなら─結婚したら─もうこのような関係も、必要ないかもしれない。
ただ、僕は心配だった。
今はどんなに暖かい温もりを感じているとしても、熱はいつかは冷めてしまう。
彼女がもし僕から離れてしまったら、どうしよう。
そんな不安が拭えないのだった。

634 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:40:54.18 ID:5Ne7drXu0
ある日の夜中、ツンの咳き込む音で、目が覚める。
隣を見ると、ツンが苦しそうに咳をしている。まるで喘息のようだ。

( ^ω^)「ツ、ツン、大丈夫かお?」

思わず言葉をかけるも、咳が激しくて返答ができないようだ。
これはまずい、と救急車を呼ぶべく電話へ向かおうとしたところ、ようやくツンの咳が治まった。

( ^ω^)「もう大丈夫なのかお?」

ξ゚听)ξ「ええ、大丈夫よ。もうなんともない。」

( ^ω^)「ツン、ここ最近おかしいお。よく咳き込んでいるし、いきなり立ち眩みを起こしたりするし。
一度、病院行った方が─」

ブーンの言葉が、ツンの言葉によって遮られる。

ξ゚听)ξ「大丈夫、大丈夫よ。心配しないで、もう寝てね・・・」

僕の心配が外れていることを祈りながら、寝床につく。
ほどなくして、僕は深い眠りについた。




ξ゚听)ξ「もう、限界かしらね・・・」

ツンはブーンの方を一瞥し、普段は絶対に見せない悲しげな顔をし、洗面所へと向かった。
手には、血がべっとりとついていた。

635 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:46:39.09 ID:5Ne7drXu0
ある朝起きると、隣にツンがいなかった。
リビングやキッチン、洗面所やバスルームまで見たが、何処にもいない。
ペットの外出は禁止している。一体何処へと行ったのだろう。
家からなくなっている物はなかった。ツンの財布と靴を除いては。
ついに、僕に飽きてしまったのだろうか。
あれほど愛し合っていたというのに、やはり限界があったのあろうか。この関係に。この愛に、
しかし、僕はツンを愛している。狂おしいほど愛している。
いや、周りの人間からすれば、僕は既に狂っているのかもしれない。
ともかく。
今は、ツンを探すことが重要だ。一人で出歩くのは危険だ。
僕は勤め先に連絡を入れ、ツンと同じように財布を持って靴を履き、外へと駆け出した。




─玄関のドアを開けたすぐ目の前に、ツンの首輪が落ちていた。

636 ブーンとペット New! 2006/06/23(金) 19:55:33.56 ID:5Ne7drXu0
ツンがいなくなってから、数ヶ月がたった。
何かの事件に巻き込まれたのだろうか。
警察にも連絡をしたが、何一つ有力な情報は返ってこない。
ツンは、無事だろうか。


ふと窓の外を見ると、一匹の猫が歩いていた。
今にも死にそうな足取りで、ふらふらと歩いていき、そのまま路地裏へと入っていった。
その光景を見て僕の頭に、一つの考えが浮かぶ。

─猫という生き物は、自分の死に際が近付くと、飼い主に何も言わずフラリと家を出て、結局帰ってこないそうだ。
飼い主を悲しませたり、気をつかわせないようにするためにだろうか。

以前聞いたこの話を思い出し、僕は立っていられず思わず膝をついてしまう。
もしかするとツンは、自分の死期が近付いているのが分かっていたのではないだろうか。
ここ最近のツンの体の異常は、ツンが終わりに近付いていることをあらわしていたのではないだろうか。
不治の病か何かだったのだろうか。僕が知らない間に、病院にも行っていたのかもしれない。
だからツンは僕に、飼い主であり最愛の人である僕に、何も告げずに出て行った。
首輪を残して。「私はもうあなたのペットじゃないから、忘れて頂戴」と。
それは、ツンなりの優しさであり、決意であったのかもしれない。
彼女はもう戻ってこないのだろうか。
最愛の人、ツン。
最愛のペット、ツン。
あの微笑を、もう一度だけ見せてくれ─


【ブーンとペット】 完

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