914 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:42:26.06 ID:v8H9u/TS0
(  ^^)「これからも僕を応援してくださいね(^^)」

人ごみを作り出す某商店街。
華やかな音楽で賑やかに装飾され、でも無言か、連れとの会話に終始して通り過ぎる人間達の『通路』。
その商店街に、今日も今日とて空気を読めない宣伝活動に勤しむ山崎がいた。
朝早くから自分の仕事場に行きかう人間達に駆け寄り、頭を下げてにっこり笑う。
けれど彼に見向きをしてくれる人間なんていない。
通り過ぎるものたちは通り過ぎるものたちの都合があり、
こんなところで突然擦り寄ってきて頭を下げる奇異な人物にいちいちかかずらっている暇などないのだ。
それでも、彼は相変わらず効果の無い宣伝活動を続ける。

(  ^^)「これからも僕を応援してくださいね(^^)」

915 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:44:19.68 ID:v8H9u/TS0
ある日の事だ。
やっぱり朝早くから商店街の一角に居座り、宣伝活動のために笑顔の練習をしていた。

(  ^^)「これからも僕を応援してくださいね(^^)」

顔全体で表情を作り、愛想良く見えるように毎日練習をしている。
誰もいない早朝の商店街。シャッターが閉まったショーウィンドウを鏡代わりに、笑う。
笑う。笑う。笑う。

( ;^^)「…んー、なんだかなぁ」

ガラス越しの自分に違和感を感じて、思わず頬を右手で触る。
どう、というほどのことでもない。ただほんの少し引きつっているだけだ。
口の端が不自然につりあがり、目もちょっと思うよりひくついている程度で。
これくらいならたいしたことでもない。時々ある。うん。ちょっと調子が悪いだけだ。

うん、問題なし。
顔が歪むといけないので頬を叩く事はしないが、手を叩いて、自分を鼓舞する。
今日もやるぞ。
決意した途端、いきなりシャッターが開いて、中から店員さんがこちらをのぞいていて、

( ゚д゚ )

全力疾走で逃げ出した。

917 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:46:42.97 ID:v8H9u/TS0
(  ^^)「今日もダメかぁ…。うぅ、流石にこう連日やって効果がないとなるとなぁ」

山崎はやっぱりその日も手ごたえを実感することなく夜の商店街を歩いていた。
肩を落とし、如何にも失敗しましたと言わんばかりにどんよりした雰囲気を纏う彼の足取りは、重い。
ため息、一つ。

( ;^^)「どうしよーかなぁ。直接挨拶してみるだけじゃダメかなぁ。チラシでも…いやいや、きっと読む前に捨てられちゃう」

毎日鏡と向き合って笑顔の練習をしていたためか、彼には独語癖がある。
腕を組み、一人ぶつぶつと呟き続ける姿は不審人物で挙動不審でしかないが、周囲に無関心な人間達はそんな彼を気にも留めない。
自分以外の人間に、自分に関係のない人間には一切興味が無いものたち。
どうすれば、自分を見てくれるのだろうか。
何か目立つ事が出来る方法は無いのだろうか。

(  ^^)「いい方法…何かいい方法は…」

ふと、山崎の視界に桃色? らしき、目に痛い色を見かけて、思わず振り返った。
メインカラーは年月を感じさせる、やや黒ずんだ白とくすんだピンク。正面から見た形状はほぼ長方形。
色落ちが激しい布は垂れ幕のようだ。
見覚えがある。

(  ^^)「…プリクラ? 随分と旧式なんだけど」

昔懐かしい、初期のプリクラだった。
山崎も見た事がある。
実際に使ったことは数える程度しかないが、それも最終的には疎遠になっていき、ここ7年程度全く手を触れていない。
時間がたてば経つにつれて新型機種やら亜種やらが出回っていったようで、この初期型も今はもうほとんど見かける事が無い。
遠い目をして、山崎はそっと、側面にあるシール排出口に触れてみた。

918 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:48:42.74 ID:v8H9u/TS0
(  ^^)「懐かしいな。随分見なかったけれど…忘れてない。うん、変わらないな。何でこんなところにあるんだろ?」

懐かしいな、と山崎は繰り返した。
その次の瞬間、彼はボロボロのズボンのポケットを調べていた。
まさぐり、指に触れる感触を確かめて、落胆する。
今ポケットには10円玉しか入っていない事を思い出したのだ。
目に見えて落胆する山崎。

( ^ω^)「撮影の仕方を説明するよ!」

と、いきなり声が聞こえてきた。
顔を上げる山崎は、外部の視覚的ノイズを遮断する垂れ幕の内側に、頭を突っ込む。
中で、青い、ピエロのような服を着た雪だるまが笑っていた。
緊張感を削ぎ、見るものを和ませる、あけすけな顔で。

(  ^^)「あ…、ヒーホー、くん」

確か、そんな名前だった気がする。
画面説明は、1番最初にお金を入れるところから始まった。

(  ^^)「ちょっwwwwそこは流石に分かるよぉwwwww」

思わず笑ってしまった。軽く噴出し、あわてて口元を押さえて、
フレーム選択の説明を、ついでに流れ出したフレームの説明を、眺める。

(  ^^)「へぇ、いろいろあるなぁ。『誕生日おめでとう』、『メリークリスマス』、『海の日』、それに、」

『ずっと、一緒』の、ハートが一杯のフレーム。

919 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:51:22.13 ID:v8H9u/TS0
いつもなら、きっとダサいと笑った。
普段の僕が、普通のプリクラでそんなフレームを見かけても、人事のように、視線をそらした。

けれど、この初期のプリクラで、懐かしい感覚に浸っていた山崎は、
そっと、その顔に触れる。

画面の中で雪だるまが説明を続けている。
だけど今は、耳に入らない。周囲の騒音が掻き消える。目の奥が、閉じた目が、何故か熱い。
脳細胞が活性化して、埋もれた記憶を掘り起こした。

「ずっと、一緒だね」

そんな、どこかで聞いた声が、聞こえた気がした。

気がつけば、山崎はかばんの中を路上にひっくり返して何かを探していた。
軽い財布、何かのパック、穴の開いた財布からこぼれた何枚かの10円玉、手帳、
そして、ランドセルの、破片。

(  ^^)「…あ。」

見つけた。
その真っ黒で、ボロボロで、不思議な匂いが染み付いた、緩衝作用のある皮の、破片。
一枚のプリクラが貼ってあった。
写っていたのはおとなしそうな少年と、快活に笑い、大きくピースした女の子。
装飾は、『ずっと、一緒』と、ハートが一杯のフレーム。


920 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:53:27.73 ID:v8H9u/TS0
幼馴染だった。小学校の頃に内向的だった僕によくしてくれて、同年代の男の子よりずっと仲がよかった女の子。
一杯遊んで、一杯一緒にいて、手をつないで、学校から帰って。
彼女の引越しが決まる前、帰り道にポツンとおかれたこのプリクラで、写真を撮ったっけ。
きっと彼女から言い出したことだったと思う。何故か脈略も無く置かれていたそれを見つけて、一緒に撮ろうって。
それで、お金を半分出して、フレームを彼女が選んで、恥ずかしくて、だけど、楽しくて、
16枚のプリクラを半分に分けて、言ったんだ。

「これがあれば、思い出を思い出せると思うから。覚えてれば、忘れないから、ずっと一緒だね」って。

その直後に転校して、いきなりいなくなって、驚いて、泣いたけれど、
車の窓から身を乗り出す彼女に、ランドセルを向けて、ランドセルに貼り付けたプリクラを見せながら、僕は言ったんだ。

「このプリクラ、なくしちゃダメだよ? 目印だから、なくしちゃダメだよ? またあうときは、これを見せ合って、確かめよう」

あの時、二人が一緒にいたって。
もう一度、会えたねって言うためにって。

忘れてた。忘れてた。
そうだ。約束したんだ。また出会うって。でも目印を忘れたんだ。出会いたくて、思い出したけれど、目印を忘れたんだ。
だから、僕は、あのときの通学路で、こうして、目立つように。
彼女が忘れないように、彼女に見つかるように。彼女が見つけてくれるように。
彼女に、見つけてもらうために。目印も忘れて。

(  ^^)「…そっか。こんなことしなくても、よかったんだ。こんなことしなくたって、目印があれば、よかったんだ」

921 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:55:18.86 ID:v8H9u/TS0
鞄の中に入っていた大事な、思い出の欠片を誰かの足が蹴飛ばす。
勢いでひっくり返り、黒い表面の裏側…丈夫そうな革の面が曝される。
僕は声も無く、反射的に、走り出した。
もう忘れたくないから。覚えていれば、忘れないから。覚えていたいから。

「…あの、これ、あなたの、ですか?」

誰かが思い出の欠片を拾い上げて、僕の方に差し出してくれた。その声にデジャヴを覚えた僕は、地面に向いていた顔を上げた。
女子高生、くらいの年齢だろうか。運動部にでも所属しているのか、顔が健康的にやけていて、細身で
ちょっとだけ、きつそうじゃないけれど、快活そうなつり目。
七年経っても、覚えて、いや、思い出した、あのときの顔。

(  ^^)「…――――ちゃん?」

女の子の目が開かれて、僕を凝視して、続いて手にした思い出の破片を裏返す。
呆けたように口を開いた女の子。でも、僕は、もう忘れない。

「もしかして…!?」

(  ^^)「うん。僕は…」

もうこんなもの、いらない。
引きつった笑顔ではなく、本音の笑顔がもうあるから。
ほっぺたを引っかいて、『仮面』を引き裂いて、文字通りベリベリ音を立てながら引き剥がした。
もう、目立ちたがりの『山崎渉』になる必要はないから。
君が僕を見つけたから。僕が君を、見つけたから。

923 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:57:46.79 ID:v8H9u/TS0
「ヒーホオーッ!」

全ての店が閉まり切る深夜の商店街。
不思議と冷え込む無人の空間に、突然奇声が上がった。
先ほどの古臭いプリクラが、いきなりガタガタ震え出す。

( ^ω^)「ヒホホオ、たまには人間達に悪戯してみようかと思ったけど、まさか反応したのは一人きりで、
お金を入れて撮影する瞬間に大声で脅かそうと思ったのに金なしだったとは、失敗だったホオ」

次の瞬間、筐体の側面部をぶち破って中から何かが出現した。
真っ白で、まん丸で、青い道化染みた服装で、
緊張感を削ぐ、あけすけな笑顔の、雪だるま。

( ^ω^)「…ま、たまにはいいホオ。こんなことがあってもいいホオ。
…ジャックに話したらきっと笑われるけど、うん。めでたしめでたし、だホオ」

ホホホオと笑う、笑う、雪だるま。
悪戯っ子のように笑いながら、でもどこか憎めなくて、真っ白な雪だるま。

( ^ω^)「さてと、次の悪戯は何がいいホオ? フヒヒッ、考えるだけで愉快になってくるホオ!!」

雪だるまは笑いながら、徐々に中空に浮き上がっていく。
まるで重力が消失したように、ゆっくり、ふわりふわりと浮き上がっていく。
もう一度、下方にある空っぽなプリクラ筐体を振り返った。

( ^ω^)「ホホオ! 今度はせいぜい派手に驚いてくれると嬉しいホオー! 人間達ー!」

そう騒いで、雪だるまは軽い音を立てて掻き消えてしまった。
あとに残されたのは、中身の無いプリクラ筐体と、肌寒い空気と、作り物のように笑う、仮面。

924 山崎と『フロスト』 New! 2006/06/17(土) 14:59:34.82 ID:v8H9u/TS0
少し昔、プリクラのマスコットキャラになった『ヒーホー君』。
その名前は実は愛称である。
ああいう生き物なのかと問われれば首を捻らざるを得ないが、
とにかく、悪戯好きな彼は戯れに当時の女の子達の前に姿を現し、愛らしくプリクラの説明をして、そして何処かへ消えていった。
カボチャ頭のお化けとつるむ事が多いこの雪の精。
その本当の名前は…。


山崎と『フロスト』 完

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